魔法のシロップ屋さん

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宇波
宇波

思い出はティーシロップに溶かして 10

公開日時: 2022年6月2日(木) 18:00
文字数:1,821

「……恵美は、白い魔法、今で言う光魔法によって身体は再生したけれど、その後遺症でずっと眠っていたの。二年もの間」

「二年……」

「そう。恵美が起きたのは本当であれば、高校入学くらいの年だったわ。今の年齢は、大学に現役で入っているくらいの年よ。十九歳」


 ズキズキ。

頭の奥が痺れたように痛む。


「身体は繋がったし、傷も残らなかった。お医者さんも、眠っている以外は随分な健康体だって驚いていたくらいよ」

「……光魔法って、やっぱりすごいんだね」

「そうよ、すごいの。だけど、欠点は当然あって。わたしの脚は魔物の卵が埋め込まれちゃったから、切り落として繋げることはできなかったわ」


 小川の湧水のようにちろちろと、ぼんやりした映像が浮かび上がって来る。


「それなら、陽夏は……」

「陽夏ちゃんは、恵美が起きて記憶を失っているってことを知って、せめて傍にいてあげようって彼女なりに考えていたわ」

「でも、本当だったらもう卒業している年齢……」

「だから、陽夏ちゃんは入った高校に理由を話して、わざと出席日数を足りなくしたの。いわゆる留年をして、恵美と年を合わせたのね」

「えっ」

「中学の最後の一年、陽夏ちゃんが転校したって話をしたじゃない?」

「うん」

「そういうシナリオを、彼女が作ったの。恵美が中学を卒業して、同じ高校に入れたその時に、もう一度同級生としてやり直そうって」


 実に荒唐無稽な話ではあった。

どうしてそれが通ったのか、それすらも分からない。

ひとつ、確実に分かるのは、陽夏の人生に、大きな枷をつけてしまったということ。


「同じ高校に入れるかは賭けでもあったみたいだけど、彼女は恵美が入りたいって言っていた高校を受験して入学したから、きっと入学してくれるだろうって信じていたみたいよ」

「陽夏……」


 彼女の思いやりを姉から聞き、迷惑を掛けている、その事実がやたらと重くのしかかる。


「それでね、さっきも言ったとおりに、恵美は記憶を改ざんしていた。お医者さん曰く、何かショックな出来事があって、その記憶から自身を守るために、都合のいい記憶に書き換えたのではないかって言っていたわ。防衛本能ってやつね」

「私にとって……ショックな出来事……」


 あらかた予想はつく、ついてしまう。

きっと幼心に、大好きだったお兄さんが、大好きな姉を傷付けている映像を見てショックを受けてしまったのだろうとは。

……それだけでは、納得できない感情もあるけれど。


「……きっと、ネアのことが相当ショックだったのね。ネアの記憶が、どこにもなかったもの」


 ……ううん、きっと違う。

ネアのこともショックだった。だけど、それ以上にショックだったのは。


「恵美に以前、一度記憶を教えたことがあったって言ったじゃない?」

「うん、言ってた」

「その時も、ネアの記憶はさっぱりとなくなっていたのよ。……あれから、何度か初対面のお兄さんとして、恵美のところに遊びに来ていた記憶まで」


 ……どれだけ傷ついたのだろう。

何度も、何度も自分だけ忘れられるその事実に。

心が折れそうな経験をしても尚、私を見守ってくれた彼は、一体どんな思いで傍にいたのだろう。


 私は、向き合わなくてはいけない。

今まで傷つけて、将来を狭めて、そして支え続けてくれた人たちのために。


「おねえちゃん、違う」

「違う?」


 向き合うのは、きっと怖いこと。

怖くて恐ろしくて、恥ずかしいこと。

私は震える声で、姉に答える。

壁を押し退けて進むために。


「私、逃げたんだと思う」

「逃げた?」

「ネアが、おねえちゃんの脚を切り落としたことは、そうさせてしまった私自身の迂闊な行動のせいで」

「……」

「おねえちゃんに脚を切る決断をさせてしまったこと。雄大兄ちゃんが決断しきれなかったこと、ネアがきっと、悲しそうな顔をしていたことも、全部私がダンジョンに入りたいって言ったせい」


 それ以上にショックだったのは、そんな決断をさせてしまった自分自身の愚かな行動。

時間を巻き戻してやり直すことすらできない絶望。

それに、ひどくショックを受けたのだと思う。


「私、その責任に耐えられなかったんだと思う。だから、記憶をなくして、全部他の人のせいにして……。逃げた」


 姉は無言のまま。

私の記憶は、未だ朧げなまま。


「おねえちゃん、お願い。私、絶対に思い出さないと、謝るにも謝れない!」


 だから、もっと詳しく教えてほしい。

そう言い切る前に、脳味噌が揺れ始める。

頭の中心から広がる痛みはやがて、無視できない程酷い頭痛となって私を襲い始めた。

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