「まぁ、そんなことを言いながら」
「結局恵美さんたちも来ているじゃないですかー」
くすくすおかしそうに笑う結衣ちゃんの笑みに、私は苦く口の端を歪める。
結局あの後、ネアの後押しもあって、イベント会場に併設されていたレンタル装備屋で装備を整え、ダンジョンに入ることと相成った。
「勘違いしないでね、あくまでこれは素材収集のためだから! ナオリ草と魔の実の採取が終わったら帰るからね!」
「はぁい。恵美さんって、やっぱりツンデレですねー」
「最初に私のことをツンデレって言ったのはだぁれ?」
わちゃわちゃとじゃれ合っていると、結衣ちゃんの名前を呼ぶ男性がひとり。
「結衣、じゃれ合うのもいいけど、注意散漫になってはいけないよ」
「はーい。でも、翔平さん。そんなに気にしなくてもいいと思いますよ」
だってほら。
彼女が周囲を見渡す動きに合わせて見渡すと、出てきた魔物を率先して狩る他の探索者たちの姿が。
「だから、あたしたちは最低限注意をしていればいいんですー」
「うーん、私たちは楽でいいけど、どうしてこんなに……」
「あー、多分、彼女にいいとこ見せたい男たちの意地なんだろうね」
翔平と呼ばれた彼の言葉を反芻し、もう一度周りを見渡す。
たしかに、狩った武功を彼女らしき女性へ自慢している男性が多い。
「えぇっと、ネア君?」
「なんだ?」
「君はそういうのしない人なんだね?」
彼はネアへ話を振る。
ネアは困ったように眉を下げた。
「まぁ、それができれば楽なんだが」
「ああ、苦労しているんだね」
ネアの肩を慰めるかのように叩く翔平さんを横目に、私は結衣ちゃんに問いかける。
「その、デートスポット? に用事があるんだよね?」
「そうですよー」
「それじゃあ、ふたりは恋人……にしては年が……」
私の質問に、彼女はにまぁ、と表情を崩す。
「どう思いますかっ?」
「どうって」
「恋人に見えます?」
私は三度ほど、二人の間に視線を行き来させる。
つい先ほど、年齢差の話を彼女はしていたばかり。
あり得ない話ではない、だけど。
うぅん、と悩んでいる私に、彼女は吹き出すように笑った。
「翔平さんはお兄ちゃんですよー」
「お兄ちゃん?!」
「とは言っても、血は繋がっていない戸籍上の兄ですけどね」
今日は探索の引率者として着いてきてもらいましたー。
さらっと重い身の上話を流す彼女に、彼女の強さを垣間見る。
「デートスポットに着いてきてもらうのも、別にデートが目的じゃないんですよぅ」
「え?」
「そのスポットに生えているキノコに用事があるんです。ほら、依頼として張り出されていたんですけど、普段なら年齢制限に引っかかって入ることのできない場所にありましたから……」
「入場許可の出ている場所に生えているなら、採取チャンスってことか」
「そういうことです。あっ、おふたりのデートの邪魔はしませんから!」
「だからデートじゃ……。もう」
私は何を言っても揶揄ってくることを辞めない彼女に、諦めて肩を落とした。
▽
私はポーションの材料を、結衣ちゃんはデートスポットにあるキノコを探して、カップルだらけのダンジョンの中、下へ下へと降りていく。
たまに魔物とも遭遇するが、ネアや翔平さんのサポートもあって、危なげなく倒していけた。
が、やはり普段使っていないナイフだと勝手が違い、手にマメができ始めていた。
「ネア、そろそろ刃こぼれが無視できないレベルになって来ちゃった」
「慣れていないものだとそうなりやすい。こっちを使え」
「ありがとう」
ネアが使っていたナイフを手に取る。
ネアは私が使っていたナイフを、これまた借り物の鞄にしまう。
「結衣ちゃん、あとどれくらいで目的地に着きそう?」
「はい、えーっと……。資料によれば、この下ですね」
「一階層分か。もうひと踏ん張りだな」
ネアが伸びをしながらそう言っていると、遠くの方から地響きのような音が。
「地響き?」
突然の異変に首を傾げた翔平さん。
私たち三人は、さっと顔色を変えた。
「まさか、またヒュドラですか……?!」
「いや、あんなイレギュラーは早々起こらないはずだ」
「索敵してみる!」
じっと、音の向かってくる方向に注意を凝らす。
いつかの時と同じく、もやもやとした白い雲のようなイメージ図が浮かんでくる。
それは入道雲を思い起こさせる形状で、姿かたちを変えながらこちらへと向かってきている。
「ヒュドラじゃないみたい。だけど、なんか変。入道雲みたいなやつが来てる!」
「見えるイメージだけだとなんの魔物か分からないな……。一度避難しよう」
「分かりました。翔平さん、避難しますって」
「分かったよ。ふたりの索敵を信じるね」
その地響きは私たちがやって来た方向から向かっているらしく、私たちは下の階へ降りるつもりで移動を始めた。
その直後。
「ネ、ネア、アレ、なに?」
私はつい、見てしまったのだ。
私たちの背後に迫るそれを。
私の声にネアも、遅れて翔平さん、最後に結衣ちゃんも、その姿を視認した。
彼らは一様に目を見開き、言葉を失う。
私が入道雲と勘違いするほどの量の砂埃を巻き上げ、勢いよく近付いてくるのは、それが着用しているであろう全身タイツが弾けそうなほど膨張した肉の塊。
否、筋肉の塊。
その筋肉は全身タイツ越しでもわかるほどにテカテカと輝き、心做しか湯気も出ている気がする。
代謝がいいとか、そんなレベルではない程鍛え上げられたゆえに起こっているであろうその現象。
極めつけは、男も女も大切な部位を隠せているのかいないのか、よくわからないほどに布面積の小さい、黒いマイクロビキニ。
それはさながら、脳内河野さんが「ノット絶対領域ー」と言いながら流れ星のように消えていくような……。
「イヤアァァァ!! へ、変態さんだあぁぁ!!」
「お嬢さん! お待ちなさい! ちょっとした落とし物ですよおぉぉぉ!!」
逃げの態勢に入る、私と結衣ちゃん。更に勢いを上げて近付いてくる変態さん。
「森のくまさんじゃねえんだぞテメェ」
ちょっと口の悪くなったネアが、背後から変態さんを絞め落とした。
暗殺者スタイルの真髄を垣間見た気がする。
変態さんは、絞められたニワトリのような声を上げながら、地面に沈んだ。
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