魔法のシロップ屋さん

シロップ屋さんのポーションは飲みやすいと評判です
宇波
宇波

思い出はティーシロップに溶かして 14

公開日時: 2022年6月3日(金) 15:00
文字数:2,373

(人が多い!)


 人の流れに逆らって、走る、走る、走る。

しかし、思った以上の大混雑に、人の間を縫うという高等技で向かうことができない。


「おい! ぶつかって来るな!」

「ごめんなさい!」


 見知らぬ男性に怒鳴られる。

しかし、そこで委縮しているわけにもいかない。


 私は左右に建っている民家を見る。

二メートルくらいの、大きな脚立を立てかけている家を見付けた。


(ちょっと借ります!)


 心の中で謝罪をし、その脚立によじ登る。

向かうのは、民家の屋根。


「うわっ、と。勾配きつい!」


 三角屋根は気を抜けば転がり落ちっそうなほどに斜めで、私は一度、腰を落とす。

目を閉じて、街の中を見渡す。

澄んだ視界が、彼らの居場所を伝えてくれる。


「……あっち!」


 勢いをつけて、屋根の上を走る。

家と家の隙間なんて、道路わきにある側溝と同じ感覚で跳び越えられる。

リズムよくタイミングを合わせて、軽やかに飛び移っていく私と、避難中の子供の目が合った気がした。

しかしそれも、一瞬のこと。

子供は人波に埋もれ、私は彼と距離を離していく。


 一直線に向かいたいけれど、屋根がいつまでも続くとは限らない。

いつの間にか背の低い家屋の集まっている区画を抜け、大通りへと面していた。


 大通り、向かって真正面には、背の高いビルが。

どれだけ急いでいたのだろう。

私が陽夏と一緒に買い物をしに来た、D&Mのビルまで来ていた。


 背の低い二階建ての家屋の屋根から、高層ビルの屋根に飛び移る。

きっと、できないことはないのだろう。私にもっと、技量があれば。


(さすがに無理!)


 ビルを迂回するか、一度地面に降り立ってから新しいルートを探すかの二択しかない。

屋根の上から地面を見る。

避難している人が僅かにいるが、それ以外は魔物と乱闘を繰り広げている人ばかりだった。


 魔物と戦っている人々の中に、見知った顔を見付ける。


「歌麿さん!」

「むっ! お嬢さんではないですか! お久しぶりですな!」


 その鍛え上げられた肉体には、今日も今日とてマイクロビキニ。

筋肉から湯気が出ている。明らかにあそこだけ画風が違う。


「お嬢さんは避難しなかったのですかな?!」

「届け物があるんです。ネアに。……歌麿さん、後ろ!」

「むんっ!」


 彼の背後から襲い掛かって来る、子供体型の魔物。

醜悪な顔をしていた。あれが噂のゴブリンという魔物だったのだろう。

それも、歌麿さんのボディープレスによって、地面に叩きつけられめり込んでいたけれど。


「歌麿さんも避難しなかったんですね」

「ワタクシは筋肉の伝道師! なれば、この肉体を持って市民の安全を守り! 筋肉のすばらしさを教え説く所存です! むむっ、お嬢さん! どこからか気配が!」

「上から! それっ!」


 上空から一直線に、私の頭蓋を狙ってきた烏のような魔物。

脚が三歩あるそれに向かってダガーを振り抜き、首元を掻き切った。


「ごめん、浅かった!」

「問題ありませんぞ! ぬぅんっ!」


 首を掻き切ったはいいが、致命傷を負わせることのできなかった烏に、歌麿さん二度目のボディープレス。

哀れ三本足烏は、頭蓋を粉々に砕かれ地面に伏した。


「ありがとうございます!」

「なんのこれしき!」


 歌麿さんは拳を、私はダガーを構えて周辺を警戒する。

どうやら周辺の探索者たちの尽力もあって、この大通りに魔物は数えられるくらいしかいなくなったようだ。

その残った魔物も、サーチアンドデストロイ。発見され次第狩られている。

私は警戒を少しだけ緩め、ダガーを腰に差し直す。


「……大丈夫そうですね」

「そうですな!」

「よかった」


 ほっと胸を撫で下ろし、視線を落とす。

ポーチの位置がずれている。ベルト紐が緩かったのかもしれないと、調整しているとふと。

唐突に、この場に全く関係のない伝言を思い出し、歌麿さんに視線を向ける。


「そうだ、悦子さんから伝言頼まれていたんです」

「姉上からですかな?! ワタクシは勘当された身……! どんな文句でも受け止めますぞ!」

「えっと、今度縁側で、お菓子でも食べながら、や、やわやわ? 話をしようって言ってました!」


 伝言を伝えると、彼は驚いたように唇をわななかせている。


「なんと、なんと……!」

「勘当されたって思ってるのも、悦子さんは思い込みだって言ってましたよ。私、ふたりは一度話したほうがいいと思います」


 そう伝えれば、歌麿さんは深く、深く頷いていた。


「そうですな。一度、姉上と話をし……。ワタクシの胸の内も、話してきたいと思います」


 どこかスッキリとした顔でそう言うものだから、私も釣られて微笑んだ。

さて、ネアの所へ向かおうと足に力を入れかけたところで、「そういえば」と歌麿さんの声がかかるから、私は思わず失速する。


「そういえば、陽夏嬢とは一緒ではなかったのですな?」

「陽夏とは……まあ、はい」


 言葉にし辛く、どもる私に、彼は何かを察したようで、穏やかに目を細めた。


「何があったのかワタクシは分かりませぬが。きちんと話し合った方がすっきりするのではないですかな?」


 そう言いながら、ひとつの方向を指さす歌麿さん。

ビルを挟んだ、もうひとつの大通り。

今も避難民で混雑している道だという。


「あちらに、陽夏嬢はいますぞ」

「……ありがとう。うん。行ってきます!」

「ご武運を祈っておりますぞ!」


 普段なら通らないビルの裏路地を走る。

暗くて、ゴミの臭いで満たされている。

避難するときに倒してしまったのだろう。

生ごみが散らばったままだ。


 生ごみを踏み越え、裏路地を抜ける。

視界が広くなると同時に、人混みと混乱。

怒号と泣き声。

そして誘導の声。

聞き慣れた音の、誘導の声。


「落ち着いて避難をしてください! この道を真っ直ぐ行って、係りの者の案内に従ってください! 焦らないで!」


 腕章に『避難誘導係』を光らせる、白い肌のその人は。


「―――陽夏」


 呟いた言葉が、二人の間で反響したように感じる。

彼女は、大きく、零れんばかりに目を見開いた。

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