縁は異なもの味なもの。
本来は異性関係で使われている言葉だというが、最近ではそれ以外にも使われているこのことわざが頭の中に浮かぶ。
私は、いつか限定開放ダンジョンへ、ネアと一緒に潜った時のことを思い出す。
あの、どうやって立てていたか分からない入道雲並みの砂埃を立て走っていた、まるでギャグキャラとも言える筋肉肥大ビキニ男。
「薬師戸歌麿でございますぞ! まさかこのような形でお会いできる機会があるとは! ワタクシ! 感激で咽び泣いてしまいそうですぞ!」
既にその目にうっすらと涙の膜を張っている歌麿さん。
放っておいたら、本気で咽び泣いてしまいそうだ。大声で。
私はネアと力を合わせて、彼を落ち着かせた。
「えぇっと……。歌麿さん、まだその恰好なんですね?」
「うぬ! これはワタクシのあいでんててーでもございますゆえ!」
「筋肉を見せつけたいなら、男性用の水着でもいいと思うんだけど……」
「それでは隠さなくてはならぬ部位が丸見えではないですか! 乳首とか! それは公序良俗に反しますぞ、お嬢さん!」
(既に公序良俗に反した格好だよ!!)
時に言わない優しさも必要なのだと、私は学んだ。
「今日はゐろは殿に協力してほしいと仰せつかった故……! 不肖、ワタクシめが駆けつけた訳でございます!」
「ゐろは?」
「ミコトの本名だ。うっかりでも、クラブでは漏らさない方がいい」
たしかに、クラブ内では愛称で呼ぶことが最早慣習化しているというし、本人もミコトという名前で通している。
わざわざ本名で言い直す必要性もないだろう。
「それで、今回はおふたりの手伝いをすればよいと! そういうことでございますな!」
「あ、あと一人来ることになってて」
「ほう! それでは三人の護衛と! 賑やかな道中になりそうですなぁ!」
呵々笑いをする歌麿さんの背後。
少し離れたところに見えた、見慣れた顔。
「あっ、陽夏ー……?」
振り上げた手は言葉尻とともに下がっていく。
見えた彼女の強張った表情筋。挙動不審な腕の動き。
携帯に何かを入力している指の動き。耳元に当てられる携帯。
「もしもし警察?! 不審者が女の子に!」
「ストップ! ストップ陽夏この人不審者じゃない!!」
「離せメグ! ウチはメグを不審者から守る使命が!」
「不審者っぽい格好だけど不審者じゃないから! 話聞けばわかるから!」
陽夏がほぼ条件反射で警察に連絡をしてしまうほど、歌麿さんの恰好は強烈だった。
一度見てしまったのもあり、今回はそこまで衝撃を受けなかったが、思えば初対面の時こんな感じだったなぁ、なんて、懐かしみながら必死に携帯を取り上げた。
「……と、いうわけで。陽夏、今日、助っ人として来てもらった薬師戸歌麿さん。歌麿さん、私の友達の陽夏です」
「よろしくお願いしますぞ!」
「……ドモ」
快活に挨拶をする歌麿さんとは対照的に、むすっと返すのは陽夏。
失礼な態度だとは思うけれど、本人が不審者と思っていた人が実は助っ人だったという衝撃。
しかし不審者感を払拭できない悪印象が重なって、このような態度になってしまったのだろう。
(伊達に幼馴染やってないからね。このくらいなら大体わかる!)
まあ、間違っている可能性もあるわけだけど。
幸いだったのは、陽夏のそんな態度を歌麿さんはまったく気にしていないということだろう。
私はそれから、とネアの方に視線を向ける。
「陽夏、この人が私の盗賊としての先輩で、指導をしてくれているネア」
「ネアだ、よろしく」
「ふーん、アンタがネアか」
じろじろ。
その言葉がぴったりなくらい、陽夏は執拗にネアを見る。
意図の読めない陽夏の行動に、ネアが僅かにたじろいだ頃。
「……うん。前髪長すぎだわ」
「……前髪?」
思わず聞き返すネア。
陽夏は無言で、カバンの中からハサミを取り出す。
「髪切る用のハサミじゃねぇけど、切れるっしょ」
「えっ、ちょっと、陽夏? 陽夏さん?」
「前髪長すぎのモサ男がメグの隣にいることは認めん!」
「ちょっと陽夏何言ってるの?!」
「さあ選べ! 前髪切るか、メグの半径一メートル以内に入らないことを約束するか!」
「陽夏、今日なんかすごいテンションだよ?! 落ち着いて!」
わあわあ騒ぐダンジョン前。
一筋、涼しい秋風が、人の間を駆け抜けていった。
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