岩陰から盗み見る三人を含めた調査隊の面々が、徐々にこちらへ近付いてくる。
近付くにつれて心臓は音を立てて鳴り、その音でバレてしまうのではないかと恐れて息を殺す。
今から帰還だったのだろうか。
時間としてはちょうどいいくらいだからおかしくはない……。
いや、やっぱりいつもよりも早い気がする。
ダンジョンの中では、帰還ペースはいつもこれくらいなのだろうか。
そんな小さな疑問も、皆が一様に難しくて怖い顔をしているのは何故なのだろうかという、大きな疑問に掻き消される。
普段の雰囲気とは違って、少しピリピリしている気もする。
……ダンジョンの中と地上では、緊張感が違うのかもしれない。
不安になって陽夏を見ると、彼女も不安そうに私を見上げる。
声はあげられない。
怒られるのが怖いから。
姉たちが通り過ぎるのを待とう。
嵐が過ぎ去るのを耐えるがごとく、私たちは必死に身を縮こまらせて岩陰に潜む。
しかし、どういうわけなのか、姉たちはここから動こうとしない。
難しい顔のまま、調査隊の人たちと何やら話をしている。
それなりに大きな声は、離れた場所にいる私たちにも聞こえてきた。
「本当にこっちで合っているの? ネア」
「ああ。こっちのほうに来ていた。間違いない」
「あなたの索敵能力は信じているのよ。でも、やっぱり信じられなくて……。ねえ、カナタ?」
調査隊にいる女性のひとりが、困惑した声でネアに問いかけている。
それにネアは断言するけれど、やはり彼女は戸惑った声のまま、姉の名前を呼んだ。
「本当に、ヒルスライムを見たの? あなた」
「ええ、見た目は完全に一致していたし、動いている時の挙動も、自衛隊の資料にあった通りだったわ」
「ただのスライムじゃないの? だって……」
言い淀む彼女の言葉を、姉は宥めるように引き継いだ。
「言いたいことは分かるわ。今日、私たちが行った階層よりも、もっと深いところで発見されている魔物だものね」
「ええ、だから、本当に信じられないの。自衛隊が間違っていたの? それとも、魔物は階層を自由に移動できるの?」
「……自由に移動できるんなら、厄介だな」
「そうね、雄大。そうなったら、深層の魔物が気軽に上に来れることになってしまうし……」
何やら難しい話をしている姉たち。
話を聞く限り、どうやら強い魔物がこの階に来てしまったとか。
(まずくない?)
非常にまずい気がする。
怒られることを覚悟で出て行くべきか、それとも姉たちがどこかへ行くのを待つべきか。
「メ、メグ……!」
小声でこそこそと話しかけてくる陽夏。
でも今は、その声でさえ鬱陶しく思えてしまう。
「一体な……に……?」
震える指で示された方向を見て、私は語尾がどんどん萎んでいった。
そこにいたのは乳白色をしたスライム。
ただ、岩に貼りついて這っているスライムよりも、何倍も大きな、言うなれば巨大スライム。
それが私たちの、私の真後ろで、私を捕食せんとばかりに待ち構えていた。
それはまるでクリオネの捕食シーン。
乳白色のスライムは、身体の半分を八つに裂き、大きな、大きな口を作る。
小石を投げた緑色のスライムよりも、はるかに大きな口を。
あの時と違うのは、それは私に向けられているということ。
私を食べようと、明確な意志を持って向かってきているということ。
「―――あ」
後退る。
それは私を狙っている。
あまりの醜悪さに、思わず開いた口。
そこから零れたのは、はたして悲鳴だったのだろうか。
姉たちが驚いたようにこちらへ向いた。
さらに驚いた表情を浮かべて私たちの方へと駆けてくる。
雄大兄ちゃんが武器のようなものを構えている。
朔にいが何かを叫んでいる。
姉が一番先に駆けつける。
全てがスローモーションに見えた。
ゆっくりと、大きな口が迫って来る。
身体に、衝撃。
姉の手によって、突き飛ばされた衝撃。
生温い感触が手に。そして肩に。
タコの吸盤のようにがっちりと絡めとられた身体は、生温い割に固くて振りほどけない。
絡めとられた肩が、ブチっと音を立てる。
私の身体が、破けた。
「うわあああああぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!