「……そうだ、陽夏に届け物があるんだった」
「わたしに?」
涙の跡を拭い終えた陽夏は、訝しげな表情を浮かべる。
私は、ポーチから箱を取り出し、陽夏に渡す。
「これ……!」
水色の魔石の入った箱を。
「水属性の魔石だって。陽夏のだよ」
「……もらえない」
「もらって。陽夏が頑張った、あの依頼の報酬なんだから」
私が持っていても使わないだろうし。
そうお道化て言えば、陽夏は顔を俯かせる。
「無理だよ。もらえない」
「どうして?」
「だってわたし、自分に負けた。自分に負けて、メグに酷いことを言った!」
依頼のために一緒にダンジョンへ潜った日。
あの日陽夏は、ナイトメア・ミラーによって幻影を見せられていた。
そこに現れた幻影は、魔法使い協会現会長、大原健人。
彼は陽夏のついていた嘘を責め立て、嘘つきの娘だと揶揄したそうだ。
「……実はさ、夏休みに一回、会いに行ったことがあるんだ」
夜の街、裏路地にある静かな酒場で。
「全く同じこと言われたの。……わたしは母親から生まれたけど、その子種は彼のじゃなかった」
今の、父親の子供だと、聞かされたと。
「糞親父……会長はお母さんが好きで婚約してたけど、お母さんは今のお父さんが好きで。結婚前にお父さんとの間にわたしを作って、それで会長は、婚約をなしにしたって」
陽夏は辛そうに笑う。
「醜聞を、誰かのせいにしたかったんだろうね。プライド高いから、お母さん」
「陽夏……」
「でも、生まれてからずっと、ほんとの父親は彼だって教えられてきたからさ。父親への情って、湧くじゃん」
彼女は空を見上げる。
空を飛ぶ魔物、それを撃ち落とす人。
炎と魔法と土煙で、快晴予報の空は曇っていた。
「それを全部否定された。そのときにさ、思っちゃったんだ。わたし、何もかも我慢して嘘つく努力をしてるのに、メグは何も知らずにのほほんとしてて。……いいなぁ、って」
だから腹が立った。
「ごめん、メグ。あんなの全部八つ当たりだよ」
頭を下げ、謝罪をする陽夏に、私は魔石を押し付けるように握らせる。
「それなら、尚更もらってよ」
「どうして」
「陽夏は、私にひどいことを言った。私は、長い時間をかけて陽夏にひどいことをしていた。でも、お互いに許したいし許されたい。だから、仲直りのプレゼント」
くしゃりと顔を歪め、不器用な笑みを浮かべる陽夏に、私は笑む。
彼女は震える手でそれを摘み、杖のてっぺん。開きかけた蕾の中心へ乗せた。
「花が……!」
途端、魔石から水色の光が溢れ、蕾から溢れだす。
まるで湧き出た水のように溢れる光を受け止めるがごとく、その蕾は花開く。
「青色の……ユリ?」
それは一輪のユリのような花。
陽夏がポツリ、呟く。
「ブローディア」
ブローディア。
聞いたことのない花の名前。
彼女は杖を抱きしめた。
その時、多少は少なくなってきた避難民の集団から、ざわめきが起こる。
それは上空に向けられる、驚愕の声。
つられて上を見れば、大きな鷹のような魔物。
それに掴まれている、巨大なミミズ。
あの姿は、実によく知っている。
「マグマ、ワーム」
距離は離れているのに、とんでもない熱気が届く。
避難する人たちに緊張が走る。
……パニックが、起こる。
「あいつ! 空から降ってくるやつだっけ?!」
陽夏に問いかけるも、帰ってくるのは当然のように、違うでしょうという言葉。
あの大鷹は、マグマワームをご飯として捕らえたのだろうか。
それとももっと別の、例えるのなら航空爆弾のように使うつもりだったのだろうか。
落としても、そこから自分の意志を持って動き回る、最悪の爆弾を。
「落とさせないようにしないと。少なくとも、避難が終わるまで!」
陽夏が杖を構えたその瞬間。
遠くの方から射られた太い矢が、大鷹の翼を貫いた。
「あっ、バカッ!」
悲鳴のような陽夏の叫び。
大鷹は貫かれた翼をうまく動かせず、地面に向かって落下してくる。
……マグマワームと一緒に。
「民家燃やすのはまずいって!」
自分が怪我をすることよりも、真っ先に口からついて出た言葉。
我ながら呆れる。
「魔法で押し返す!」
陽夏の杖から水がこぼれていく。
以前見たときよりも、そのスピードが更に速くなっている。
「魔石のおかげだね」
陽夏の言葉に被せるように、緑色の風がマグマワームの身体を浮かせた。
その魔法は民家の屋根の上から。
「おい、陽夏! 浮かせといてやるからさっさと水かけろ! そう長い時間は保たない!」
「大原健人?!」
彼は歯を食いしばりながら、マグマワームを浮かせている。
よく見れば、ジリジリとその高度が下がってきている。
協会長といえど、ひとりではあの質量を持ち上げているのはキツいということらしい。
「メグ。知ってる? ブローディアの花言葉」
唐突に話しかけられ、大原健人の方から陽夏へと視線を向ける。
彼女は既に、巨大な水球を作り上げていた。
その下で、水に映る光に照らされながら、にっと、彼女は笑う。
「『守護』。なんだって」
水球はマグマワームを包み込む。
マグマワームは苦しそうにのたうち、やがてその身体を岩へと変えていく。
「わたしが道を守ってあげる。行って来い、メグ! 早く行って謝ってこい!」
陽夏の激に、私は飛び上がる。
その勢いのまま、足は前へと進んでいく。
背後から、彼女の楽しそうな声が響く。
「後でどうなったか、教えてよ。親友!」
人並みに逆らって、マグマワームの熱が残る道を、ただ走る。
汗が吹き出ても気にもせず。
私はただ、真っ直ぐに。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!