五秒くらい、姉とにらめっこを続ける。
先に折れたのは姉だった。
彼女は、普段家庭用にポーションを保管してある棚から、一本のガラス瓶を取り出す。
無色透明の液体が揺れる、無色透明なガラスでできた、コルクで栓がされているガラス瓶だった。
「これは?」
「上級ポーションよ」
それは、姉の震える手の中に握り込まれる。
私は初めて見る上級ポーションに、場違いな感動を覚えていた。
「今度行われるはずだった大規模レイドで使う予定があったらしいわ。……恵美」
姉は、今にも泣きそうな顔で、不器用に笑った。
「配達をお願いできる? 宛先は、ネアへ」
手渡されるそのガラス瓶を握り込み、私はぐっと唇を噛む。
「……承りました!」
不意に視界が歪むから、私は必死に口角を上げ続けた。
姉はそんな私を手招きする。
近付くと、これ以上ないほどの力で強く、強く抱きしめられた。
「お願いよ、恵美。絶対に帰ってきてね」
「……うん」
目を閉じ、姉の体温を感じる。
次に目を開けたとき、視界はもう歪んでいなかった。
「……さあ、おねえちゃん。避難して」
姉の車椅子を押し、店舗スペースへ。
染み付いた甘い香りを外へ押し出すように、店側の扉を開け放つ。
「避難を手伝ってください! お願いします!」
声を張り上げれば、人込みの中から駆けつけてくれた女性がひとり。
「避難手伝いに来ました! どうしましたか?! ……あら?」
「あれ、桜宮さん、でしたよね?」
「はい、桜宮です。やっぱり! お買い物に来てくれた女の子ですよね!」
右の二の腕に、派手な蛍光色で『避難誘導係』と書かれた腕章を身に着けてやって来た女性。
工事用のヘルメットが今日も目立つ、盗賊装備アレシアの店員、桜宮秋さんだった。
「避難誘導していて見知った顔に会えるとは思いませんでした」
「私もです。河野さんは……?」
「一足先に避難場所へ向かっています。店長は生産職でもあるので、避難場所に作られた生産スペースで、支援物資を作るって言っていました」
「支援物資……」
「壊れた装備の替えですね。質より量を求められるので大分簡素なつくりのものになるらしいですが、壊れたものを直すより、あらかじめ作っていた物を渡す方が時間がかからないからと」
秋さんとそんなことを話していると、姉が声を挟む。
「その生産スペースでは、ポーションも作れるのかしら?」
「はい、武器スペース、装備スペース、ポーションスペースに分かれて簡易的に。もしかして、調合か錬金の人ですか?」
「調合師よ」
「よかった、ポーションもいくつあっても困るものではありません。むしろ手が足りていなくて現場は悲鳴を上げている頃だと思いますよ」
材料は生産スペースにかき集められるだけかき集めたものが置いてあるらしい。
一応、ということで、姉は自身の使っている調合道具を持って行くことになった。
「よし、行きましょう」
「はい、車椅子押しますね。あなたは」
「……私は、ここで」
「え?!」
秋さんはびっくりして目を見開く。
私はぎゅ、と、ガラス瓶をきつく握り直す。
「おねえちゃん」
「……ええ」
「行ってきます」
その言葉と共に、私は一度家の中に入る。
秋さんが何かを言っている声が聞こえたが、やがて人波に攫われて避難場所へと辿り着くだろう。
いつも使っている装備に着替える。
シャツに、ズボンの肩紐を通して、ニーハイを履く。
ガーターでソックスを押さえつけ、ポーチを手繰り寄せる。
(ネアへ届ける、上級ポーション)
透明な瓶を、ポーチの中へと入れる。
まだまだ物が詰められるポーチに、私は水色の魔石を、箱ごとしまう。
(ああ、重い)
たったふたつ。されどふたつの荷物の重み。
軽いポーチがずっしりと重くなった気がして、私は気を引き締めてそれを持ちあげる。
愛用のダガーを腰に差す。
(……これは、ネアに選んでもらったものだ)
そう思うだけで、不思議と背筋が伸びる思いだ。
迷わない。もう。
「……よし」
行ってきますと心の中で呟いて、私は人込みに逆らい、走り出した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!