大きく広げた私の口は、今も閉じることなく、だらしなく悲鳴を上げ続けている。
断末魔の叫びとは、こういうものなのだろうと、どこか人ごとのように思う。
身体は必死になって命を繋ぎ止めようとしているのに、思考は冷静に、他人事として受け止めている。
(私、死ぬのかな)
熱い。身体の半身が、燃えているように熱い。
破かれた半身から、どろりと中身が零れていく感覚が気持ち悪い。
持って行かれた半身は、乳白色のスライムががっちりと掴んで離さない。
今にも飲み込んでしまいそうだ。
あの口が閉じてしまえば、あのスライムの体内でじわじわと溶けて、やがて吸収されてしまうのだろう。
私が投げた、小石みたいに。
「恵美の身体をっ! 食べてんじゃないわよっ!」
「カナタ! やめろっ!」
姉に静止をかける声は誰のものだったか。
止められるほんの一瞬前に、姉の鋭い蹴りがスライムを横薙ぎに切り落とす。
べしゃっ、だか、ぐしゃっ、だか。
スライムが飛沫として空中に飛び散る。
それと同時に切り離された私の半身が、そんな音を立てて地面に転がった。
「回復を! あの白い魔法を使って!」
「分かったわ!」
私の身体が抱きかかえられる。
大好きな石鹸の匂いに、生臭い鉄の匂いが混ざって。
それがどうも不快で、嘔吐く。
口から多量のねばついた液体が溢れてくる。
口内が鉄の味で占められる。
すごく昔に鼻血を出して、それが喉を伝って口の中に広がった時の味。
そんな味が広がってしまい、再び吐き気を催す。
「メグ、メグぅ! ごめん、ごめんね、わたし、わたし……!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの表情。
言葉を出そうにも支離滅裂な単語しか出せないほどにパニックになっている陽夏は、どうやら無事なようだ。
(よかった……)
安堵の言葉は、再び吐き出された血の塊に掻き消される。
啼泣しながら私の身体に縋る陽夏の、ライフジャケットが真っ赤に汚れている。
「治れ、治れ、治れ!」
叫びながら必死に私の身体へ手を当てている女性の声が。
大丈夫、大丈夫と励ましながら汗を掻いている朔にいの表情が。
ただひたすら謝り続けている陽夏の体温が。
すべて、すべて、耳鳴りと一緒に揺れていく。
「身体くっついた! こっちはもういい! 早くカナタを助けて、ネア!」
女性の怒鳴り声にも近い嘆願に、抱えられていた身体がそっと降ろされ、地面に近くなる。
怒鳴りながらも当てられている女性の手から、なにか白い光が溢れ出しているのが見えた。
しかしそれよりも、彼女が放った一言が気になってしまう。
(おねえちゃん……?)
未だ血の味で満たされる口内を無視して首を傾ける。
揺れる視界の中で見たのは、あの乳白色のスライムが小さくなったものが、姉の脚にびっしりと取り付いている光景。
うぞうぞと蠢くわけでもなく、固まったように離れないそのスライムは、姉の脚に埋め込まれた卵のようにも見えた。
その卵が、ゆっくりと、確実に、姉の膝から上へ登るように増えていっている。
「おね……ちゃ……」
まだ喉に貼りついていた血の塊と共に、掠れた単語を外へと吐き出す。
姉の傍には、固く斧を握ったままに、動けないでいる雄大兄ちゃんの姿が見える。
「雄大! 何ぼーっとしてるんだ!」
「無理だ、俺には、俺には……っ!」
「このままだとカナタは死ぬ! ヒルスライムの卵が増殖して、それの栄養になって!」
「分かっている!」
朔にいと雄大兄ちゃんの言い争う声が聞こえる。
死ぬ。
その言葉が、やけにすとんと耳の中に落ちてきた。
「や……だ……」
ああ、血の塊が邪魔くさい。
姉が死ぬのは嫌だと、こんな状況になって尚、私の脳はわがままを言い続けている。
真っ青な顔色をしている雄大兄ちゃん、怒鳴る朔にい。
今なお必死に治れと念じ続けている女性に、ずっと手を握る陽夏。
姉から身体を離している乳白色のスライムを火炎放射器で炙る調査隊の人たちは、彼らに野次を飛ばしている。
パニックになっている現場で、姉が静かに言い放つ。
「ネア。わたしの脚を、切りなさい」
凛と。
静かな声なのに、それはこのダンジョンのどこまでも響いている気がした。
「……あ……」
動こうとしない雄大兄ちゃんから、斧を取り上げる朔にい。
彼はそれを振り上げる。
その表情は見えない。
きっと、とても苦しそうな、悔しそうな表情を浮かべているのだろう。
「ごめ……な……さ……」
薄れゆく意識の中、朔にいが姉の両脚を切り落とす映像だけが見えた。
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