「うーん……」
「……」
「ううん……」
「……」
「ううぅん……」
「うるさいよ! 落ち着いて本も読めやしない!」
放課後、野球部が高らかに球を打ち上げる音を聞きながら唸っていると、厚めの本を捲っていた陽夏に怒られる。
『メスティンの大冒険』。キャンプギアであるメスティンがキャンパーたちの元を渡り歩く群像冒険譚から視線を上げる陽夏。
日焼け知らずの白い肌に浮かんだ整った眉が、眉間のシワを深くしながら寄っていた。
「ごめんね、陽夏。でも、どうしても気になって……」
「何を?」
読んでいたページに栞を挟み、彼女は話を聞く態勢になってくれた。
私は両肘を着き、組んだ手に顎を乗せる。
「ダンジョンの中って、どうなってるのかなー……って」
「予想以上にくだらなかったわね」
ため息を一つ漏らし、彼女は再び本へと視線を戻す。
「なにをう!」
「自衛隊のホームページを見なさいよ。国が主導してダンジョンの情報を公開しているから」
そんなことを言う陽夏に、私は机に身体を投げ出しながら理想を語る。
「分かってないなぁー! 自分で見に行くことが大事なんだよ。写真だけじゃおねえちゃん達と同じ景色を見たって言えないもん」
ちらり。
陽夏は視線だけを本から外して私を見る。
「有志のダンジョン調査隊にでも入れば?」
「ムリムリ! 募集年齢の基準が高校卒業済みの十八歳以上だもん!」
「それなら諦めることね」
「えぇー!」
無慈悲に切られた言葉に項垂れる。
今度こそ机に突っ伏すと、そのまま頬を膨らませた。
「だって気になるんだもん……。洞窟の中に空があるフロアとか、ワンフロアが丸々図書館のようになっているフロアとか……」
「え? ダンジョンなのに図書館?」
「うん。魔導書ばっかりが並べられているフロアがあったんだって。魔法使いの映画みたいに、飛んでいる本もあったんだって」
「魔導書?」
「なんかね、魔法が使えるようになったみたい。使える人と使えない人がいたらしいけど」
「へぇ……。そうなんだ」
興味がない風に素っ気なく言ってはいるけれど、陽夏も相当ソワソワしている。
無理もない。小学生の卒業論集に載せられていた将来の夢に、『魔法使いになりたいです。むりなら司書さんになりたいです』って書くくらい、ファンタジーとか冒険譚とかが好きな子だから。
ソワソワ、ちらちら。
しばらく私の方を見ては本に視線を戻すを繰り返していた彼女が、ふと、私の耳に聞こえる程度の声量で呟いた。
「……あのさ、気になるなら行かない? ダンジョンに。わたしも着いて行ってあげるし」
顔を上げて見た陽夏は、本で顔を隠していた。
僅かに見える耳が赤い。
にんまり。
嬉しくなって自然と口角が上がっていくのがわかる。
「陽夏ー! 大好き!」
「うわっ、ちょっ! 鬱陶しい! やめなさいメグ! 本が落ちる!」
巫山戯てじゃれ着いた陽夏ともつれ合い、バランスを崩して床に倒れる。
馬乗りになって見下ろす陽夏に、彼女が持っていた本で軽く叩かれた。
「痛い」
「本が落ちるって言ったでしょうが」
「ごめんて」
「まったく…… 。埃だらけになったじゃない」
ぶつぶつと文句を言いながら陽夏が立ち上がっている間も、私の口角は緩みっぱなしで。
「何ニヤニヤしているのよ」って言われて、もう一回頭を叩かれた。
二回目は素手で。
「照れ隠しー?」
「今度はゲンコで殴るわよ」
「ごめんなさい」
素早く土下座。
彼女は鷹揚に頷いた。
「うむ、苦しゅうない」
予想もしていなかったノリを見せた陽夏と一緒に、盛大に笑い合う。
廊下から用務員さんが、声量を落とせと注意をしてきた。
「ごめんなさーい!」
「すいません! …… それで、どうするの?」
「どうするって?」
「ダンジョン。いつ行くのよ」
冷静に見える期待の目。
僅かに滲む不安を浮かべたその目に、目一杯笑う。
「今から!」
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