魔法のシロップ屋さん

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宇波
宇波

思い出はティーシロップに溶かして 5

公開日時: 2022年6月1日(水) 18:00
文字数:1,530

「うーん……」

「……」

「ううん……」

「……」

「ううぅん……」

「うるさいよ! 落ち着いて本も読めやしない!」


 放課後、野球部が高らかに球を打ち上げる音を聞きながら唸っていると、厚めの本を捲っていた陽夏に怒られる。

『メスティンの大冒険』。キャンプギアであるメスティンがキャンパーたちの元を渡り歩く群像冒険譚から視線を上げる陽夏。

日焼け知らずの白い肌に浮かんだ整った眉が、眉間のシワを深くしながら寄っていた。


「ごめんね、陽夏。でも、どうしても気になって……」

「何を?」


 読んでいたページに栞を挟み、彼女は話を聞く態勢になってくれた。

私は両肘を着き、組んだ手に顎を乗せる。


「ダンジョンの中って、どうなってるのかなー……って」

「予想以上にくだらなかったわね」


 ため息を一つ漏らし、彼女は再び本へと視線を戻す。


「なにをう!」

「自衛隊のホームページを見なさいよ。国が主導してダンジョンの情報を公開しているから」


 そんなことを言う陽夏に、私は机に身体を投げ出しながら理想を語る。


「分かってないなぁー! 自分で見に行くことが大事なんだよ。写真だけじゃおねえちゃん達と同じ景色を見たって言えないもん」


 ちらり。

陽夏は視線だけを本から外して私を見る。


「有志のダンジョン調査隊にでも入れば?」

「ムリムリ! 募集年齢の基準が高校卒業済みの十八歳以上だもん!」

「それなら諦めることね」

「えぇー!」


 無慈悲に切られた言葉に項垂れる。

今度こそ机に突っ伏すと、そのまま頬を膨らませた。


「だって気になるんだもん……。洞窟の中に空があるフロアとか、ワンフロアが丸々図書館のようになっているフロアとか……」

「え? ダンジョンなのに図書館?」

「うん。魔導書ばっかりが並べられているフロアがあったんだって。魔法使いの映画みたいに、飛んでいる本もあったんだって」

「魔導書?」

「なんかね、魔法が使えるようになったみたい。使える人と使えない人がいたらしいけど」

「へぇ……。そうなんだ」


 興味がない風に素っ気なく言ってはいるけれど、陽夏も相当ソワソワしている。

無理もない。小学生の卒業論集に載せられていた将来の夢に、『魔法使いになりたいです。むりなら司書さんになりたいです』って書くくらい、ファンタジーとか冒険譚とかが好きな子だから。


 ソワソワ、ちらちら。

しばらく私の方を見ては本に視線を戻すを繰り返していた彼女が、ふと、私の耳に聞こえる程度の声量で呟いた。


「……あのさ、気になるなら行かない? ダンジョンに。わたしも着いて行ってあげるし」


 顔を上げて見た陽夏は、本で顔を隠していた。

僅かに見える耳が赤い。

にんまり。

嬉しくなって自然と口角が上がっていくのがわかる。


「陽夏ー! 大好き!」

「うわっ、ちょっ! 鬱陶しい! やめなさいメグ! 本が落ちる!」


 巫山戯てじゃれ着いた陽夏ともつれ合い、バランスを崩して床に倒れる。

馬乗りになって見下ろす陽夏に、彼女が持っていた本で軽く叩かれた。


「痛い」

「本が落ちるって言ったでしょうが」

「ごめんて」

「まったく…… 。埃だらけになったじゃない」


 ぶつぶつと文句を言いながら陽夏が立ち上がっている間も、私の口角は緩みっぱなしで。

「何ニヤニヤしているのよ」って言われて、もう一回頭を叩かれた。

二回目は素手で。


「照れ隠しー?」

「今度はゲンコで殴るわよ」

「ごめんなさい」


 素早く土下座。

彼女は鷹揚に頷いた。


「うむ、苦しゅうない」


 予想もしていなかったノリを見せた陽夏と一緒に、盛大に笑い合う。

廊下から用務員さんが、声量を落とせと注意をしてきた。


「ごめんなさーい!」

「すいません! …… それで、どうするの?」

「どうするって?」

「ダンジョン。いつ行くのよ」


 冷静に見える期待の目。

僅かに滲む不安を浮かべたその目に、目一杯笑う。


「今から!」

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