「ウチ、図書館って小学生以来入ってないわ」
「私も同じ感じだよ。最近ではダンジョン関連の本を集めたコーナーが、更に広くなったって」
「ん? それどこ情報?」
「ネアからの情報」
「ほう、読書男子」
「ダンジョン関連が主だって言ってたよ」
数日前、電話越しに言われた陽夏のダンジョン参加を希望する言葉。
すぐその場でネアに確認を取れば、少しの間考えた後の了承の声。
その間、およそ三十秒。
たったの三十秒で、陽夏のダンジョン行きが決定した。
「で、そのネアさんとやらはいないん?」
「今日は別の用事があるって」
主にはダンジョンで使う用品の新調だと言っていた。
それを伝えると、あからさまにがっかりしたように、陽夏は肩を落とす。
「ちぇっ。メグがお熱の噂の彼を見たかったのになぁ」
「だから、そういう関係じゃないってば」
「やー、でも片思いはしてるっしょ? いーなー、甘酸っぱい青春!」
「あーあー、図書館ではお静かに!」
「メグの声の方がデカいし」
わいわい騒ぐ図書館の入り口前。
中にいた人からどことなく冷めた視線をもらってしまい、私たちは身を小さくして押し黙った。
「……入ろうか」
「……だね」
図書館の中は、うんと昔に来た時の朧げな記憶の中にある、『本棚がいっぱい並んだ大きな部屋』のまま。
唯一違うのは、入口近くの壁に、大きなディスプレイがでん、と居座っていること。
そこには館内地図の映像が映し出されているようで、本棚と思わしきアイコンがカラフルに色分けされていた。
「ダンジョン関連は、っと。メグ、オレンジの本棚だってよ」
「オレンジ色は……。あれだね。随分手前にあるんだね」
「探しやすくていいじゃんよ」
オレンジ色で表示されていた本棚は、シルバーのアルミ棚だった。オレンジ色じゃない。
「ここ、だよね?」
「うん、ぽい。ダンジョンキャンプの心得とか、レシピ本とかから、ダンジョン理論なんて小難しいもんまで揃ってるし」
陽夏はさっそく本棚から何冊か手に取って確かめている。
私もそれに倣い、目当ての本を探す。
正しくは、目当てのものが載っている本を探した。
(夏休みの間は、ほとんどネアが物を教えてくれていたけど、毎回ネアに頼るわけにもいかないし)
自分で調べて、用意できるものは用意していこう。
そう思い立ったが故の図書館。陽夏は簡単に同意し、着いてきてくれた。
「お、メグ、ポイの発見ー」
「どれ? ……ダンジョン素材図鑑……。随分分厚いね」
「そんだけ物が多いってことじゃね?」
陽夏はパラパラと軽い音を立ててページを捲る。
本を支えている左手が重そうだ。
「陽夏、席座らない?」
「そうね、重いわ、本」
「だろうね」
陽夏は立ち読みすることを早々に諦め、分厚い図鑑を閉じる。
ぼふっ、と、空気を挟み込んだ音が立つ。
「あっち空いてそうだよ」
本棚から離れて読書スペースを探せば、ちょうどよく二人が座れそうなスペースが空いている。
長机に長椅子。勉強机と言うよりは、公会堂か何かのコミュニティースペースを彷彿とさせる並び。
私たちは空いているスペースに横並びに座る。
「おーっし、調べるぞー」
「適当に当たりつけて開いても非効率だよ、陽夏」
「いや、いつかは絶対当たるはずだし」
「素直に目録見ようよ?」
適当にページを開いては、ここじゃない、これでもないと、ぶつぶつ呟く陽夏に呆れる。
やがて彼女は諦めたのか、素直に図鑑の一番後ろ。あいうえお順に並べられた、目録のページを開いた。
「最初から開いていればよかったのに」
「いや、だってさ……」
口ごもる陽夏に首を傾げていると、やがて彼女は頬を膨らませた。
「一番後ろのページって、ごっそり捲るとくっそ重いし」
表紙から一気にページを持ってくると、とても重いからやりたくなかったのだと、陽夏は言う。
私は頬を掻き、図鑑をそっと閉じさせる。
そして、それを裏にひっくり返す。
「裏から捲れば重くないでしょ」
「メグ、アンタ天才か」
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