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宇波
宇波

辰砂ジンジャー辛苦味 8

公開日時: 2022年5月27日(金) 12:00
文字数:1,581

「ウチ、図書館って小学生以来入ってないわ」

「私も同じ感じだよ。最近ではダンジョン関連の本を集めたコーナーが、更に広くなったって」

「ん? それどこ情報?」

「ネアからの情報」

「ほう、読書男子」

「ダンジョン関連が主だって言ってたよ」


 数日前、電話越しに言われた陽夏のダンジョン参加を希望する言葉。

すぐその場でネアに確認を取れば、少しの間考えた後の了承の声。

その間、およそ三十秒。

たったの三十秒で、陽夏のダンジョン行きが決定した。


「で、そのネアさんとやらはいないん?」

「今日は別の用事があるって」


 主にはダンジョンで使う用品の新調だと言っていた。

それを伝えると、あからさまにがっかりしたように、陽夏は肩を落とす。


「ちぇっ。メグがお熱の噂の彼を見たかったのになぁ」

「だから、そういう関係じゃないってば」

「やー、でも片思いはしてるっしょ? いーなー、甘酸っぱい青春!」

「あーあー、図書館ではお静かに!」

「メグの声の方がデカいし」


 わいわい騒ぐ図書館の入り口前。

中にいた人からどことなく冷めた視線をもらってしまい、私たちは身を小さくして押し黙った。


「……入ろうか」

「……だね」


 図書館の中は、うんと昔に来た時の朧げな記憶の中にある、『本棚がいっぱい並んだ大きな部屋』のまま。

唯一違うのは、入口近くの壁に、大きなディスプレイがでん、と居座っていること。

そこには館内地図の映像が映し出されているようで、本棚と思わしきアイコンがカラフルに色分けされていた。


「ダンジョン関連は、っと。メグ、オレンジの本棚だってよ」

「オレンジ色は……。あれだね。随分手前にあるんだね」

「探しやすくていいじゃんよ」


 オレンジ色で表示されていた本棚は、シルバーのアルミ棚だった。オレンジ色じゃない。


「ここ、だよね?」

「うん、ぽい。ダンジョンキャンプの心得とか、レシピ本とかから、ダンジョン理論なんて小難しいもんまで揃ってるし」


 陽夏はさっそく本棚から何冊か手に取って確かめている。

私もそれに倣い、目当ての本を探す。

正しくは、目当てのものが載っている本を探した。


(夏休みの間は、ほとんどネアが物を教えてくれていたけど、毎回ネアに頼るわけにもいかないし)


 自分で調べて、用意できるものは用意していこう。

そう思い立ったが故の図書館。陽夏は簡単に同意し、着いてきてくれた。


「お、メグ、ポイの発見ー」

「どれ? ……ダンジョン素材図鑑……。随分分厚いね」

「そんだけ物が多いってことじゃね?」


 陽夏はパラパラと軽い音を立ててページを捲る。

本を支えている左手が重そうだ。


「陽夏、席座らない?」

「そうね、重いわ、本」

「だろうね」


 陽夏は立ち読みすることを早々に諦め、分厚い図鑑を閉じる。

ぼふっ、と、空気を挟み込んだ音が立つ。


「あっち空いてそうだよ」


 本棚から離れて読書スペースを探せば、ちょうどよく二人が座れそうなスペースが空いている。

長机に長椅子。勉強机と言うよりは、公会堂か何かのコミュニティースペースを彷彿とさせる並び。

私たちは空いているスペースに横並びに座る。


「おーっし、調べるぞー」

「適当に当たりつけて開いても非効率だよ、陽夏」

「いや、いつかは絶対当たるはずだし」

「素直に目録見ようよ?」


 適当にページを開いては、ここじゃない、これでもないと、ぶつぶつ呟く陽夏に呆れる。

やがて彼女は諦めたのか、素直に図鑑の一番後ろ。あいうえお順に並べられた、目録のページを開いた。


「最初から開いていればよかったのに」

「いや、だってさ……」


 口ごもる陽夏に首を傾げていると、やがて彼女は頬を膨らませた。


「一番後ろのページって、ごっそり捲るとくっそ重いし」


 表紙から一気にページを持ってくると、とても重いからやりたくなかったのだと、陽夏は言う。

私は頬を掻き、図鑑をそっと閉じさせる。

そして、それを裏にひっくり返す。


「裏から捲れば重くないでしょ」

「メグ、アンタ天才か」

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