「……目の前がよく見えすぎて落ち着かない」
「探索にモサ男のままじゃ危険度マックスだったんじゃね? ウチに感謝するがいいさ」
「だからといって陽夏、無理矢理切ってどっちかがケガしてたらどうするの……」
「はっはっは! 見事な男前になりましたなぁ、ネア殿!」
今は情緒が落ち着いているのか、普段通りの受け答えをしている陽夏だが、地上にいたときの彼女はどういうわけか、ネアの前髪絶対切るモンスターへと変貌していた。
何がきっかけでそうなったのかは知らないけれど、ネアが素直に前髪を切ることを受け入れたために、早々に沈静化したのだ。
彼の隠れていた新月が露わになった時、やはり切らない方がよかったのではないかと後悔するくらいには、端正な顔立ちをしている。
(すれ違う女の人の目が痛い……!)
ダンジョンに潜るときは必ずポンパドールにしていた彼だったが、前髪を切ったことでその必要が無くなり。
同じ顔なのに、ポンパドールの時には無かった女性の視線が増えている気がする。
こうなると、今まで同行してくれていた人たちが、彼に不快な視線を向けられないように配慮してくれていた可能性が浮上してきた。
(だけど、なんか……。ムカつく)
胸に浮かんだその感情を押し殺すように、私は腰元のダガーを握る。
それと同時に、足元の土が僅かに盛り上がった。
「後ろへ飛んで! 下から来る!」
地面に亀裂を入れながら、噴火して噴き出す溶岩が如く。
私の足元から、真っ赤に燃え盛る物体が、ちらり、顔を覗かせる。
「メグ! 避けろ!」
ネアの言葉に弾かれて、私は前方に勢いよく転がり込む。
その瞬間、現れたのは巨大なミミズ。
否。溶岩を纏った巨大なミミズが、傍にいるだけで溶けて消えてしまいそうな熱を放ちながら、目の前に現れた。
「メグ、無事?!」
「無事! 鑑定する!」
ネアに叩き込まれた鑑定のスキル。
とめどなく流れてくる汗に視界を奪われそうになりながら、私はそれを鑑定する。
「マグマワーム! 詳細はごめん、まだ分かんない!」
夏休みにダンジョンに潜り、こつこつと続けてきた鑑定の修業。
それでもまだ、対象物の名前くらいしか分からない。
「おっけ! マグマならウチの得意分野じゃん!」
マグマワームを挟んで向こう側。
陽夏の得意げな、元気な声が聞こえてくる。
「気を付けてよ!」
「もち!」
「メグ、とにかく攻撃を避け続けろ! こっちは魔法発動まで護衛する!」
「分かった! ネア、お願い!」
「ほっほ! ワタクシめは溶岩などを打ち落とすことに徹底いたしますぞ!」
「打ち落と……?」
賑やいだ向こう側の会話は、マグマワームにはどうでもいいことのようで。
マグマワームはその巨大な体をしならせ、鞭のようにこちら側へ倒れ込んでくる。
「うわっ!」
巨大な躯体の下側を、大袈裟なくらいに大きく転がっていく。
それが功を奏したのか、先ほどまで私がいたところは当然のように燃えた躯体で潰れ、目の前のギリギリに、マグマワームが倒れ込む。
それはマグマから飛び出た火が、私の頬を焦がす距離。
「あっつ……」
思わず呟いた言葉に反応したのか、マグマワームが横薙ぎに身体を振るう。
それは見事な、地面に平行の横移動だった。
慌ててマグマワームの頭上を飛び越える。
しかし、飛距離が足りない。
着地点はどう見ても、マグマワームの身体の上。
(やれるか?! やるしかない!)
一瞬、気を引き締めて落ち着かせることに集中する。
体力とは別の、不思議な力が流れている回路。足元のそれに、神経を集中させる。
(……今!)
ふわり。
足元からじんわり漏れだした魔力が、雲のような足場を作る。
まるでトランポリンのような弾力を持つその足場に片足をかけ、マグマワームにダイブするはずだった自分の身体を、空中へと押し上げる。
(もう一度!)
さらにもうひとつ足場を作り、飛距離を伸ばす。
着地点はマグマワームの直系よりもうんと向こう。
マグマワームが移動して来ない限りは、危険の少ない空き地。
空中でふわりふわり移動する私の眼下。
陽夏が杖に、大きな水球を浮かべているのが見えた。
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