「はぁ?! どうしてここに! いや、今はそんなことどうでも良くて」
陽夏は目を見開き、慌てたように私の二の腕を掴む。
「早く、避難!」
力を込めて手を引かれるけれど、私は頑としてその場を動こうとしなかった。
「何やってるの!」
陽夏は苛立ったように声を荒げるけれど、私は彼女にまだ伝えていない。
意を決して口を開く。
あれだけ覚悟を決めて来たのに、声が震えてしまう。
か細い声で上げた言葉は、陽夏の耳に届いただろうか。
「ごめんねって、何が……?」
ああ、届いた。
戸惑ったように言葉を反芻し、その場に立ち止まった陽夏の手を、今度は私が握り返す。
「今まで、私のためにいっぱい、いっぱい我慢していたんだよね」
再び見開かれる陽夏の目。
彼女は先ほどの私と同じように、か細い声で呟く。
「もしかして」
「……うん。思い出したよ。全部」
彼女の目に涙が溜まる。
彼女は乱暴にその目を擦り、ついにそれを流すことはしなかった。
「あの日、私がダンジョンに行きたいってったことも、そのせいでおねえちゃんが脚を無くしたことも、……脚を切ったのが、ネアだってことも、全部」
「わ、たしは? わたしのことは?」
「私が唆した。一緒に行きたいって、言わせちゃうような話題を出した」
「違うでしょ、違うでしょう! もっと何かないの?! わたしが行きたいなんて言ったせいでああなったとか!」
陽夏の目には、後悔が映り、行き場のない感情を持て余しているように見えた。
私はそんな彼女に、首を振って笑う。
「そんなこと、全く思ってない。行きたいって駄々をこねたのは私。陽夏は、それに付き合ってくれただけだから」
「違うわ! わたしが何をしてでもメグを引き留めていればああはならなかった!」
「そうかもしれないね。それなら、責められるのは最初に行きたいって発案した私だったよ」
ついに陽夏は泣き崩れる。
避難している人たちは自分のことで手一杯なのか、こちらに一瞥も向けずにただ前だけ見て進んでいた。
私は陽夏の肩に手を添える。
「陽夏、ごめんね。今まで。おねえちゃんから聞いたの。本当は、私は二年間寝てたって。本当だったら、大学に行っているくらいの年齢だって」
「ほんと、そうだよ……っ!」
「うん。二年間寝ていたって言うのは、今でも実感全くないんだけどね。でも、陽夏の顔見たらそうだったんだって、納得しちゃった。陽夏、大人っぽくなったね」
「メグは変わらなすぎ。いくら寝ていたからって言ってもさ」
「あはは。子供っぽい?」
「ぽい」
「今までのって化粧?」
「そうだよ。肌色変えてギャルメイクすれば、大体年齢なんて誤魔化せるからさ」
「水泳で焼けたかと思ってた」
「室内のプールだから、焼けることは無いのよ」
「高校になっていきなりギャルになってたから、びっくりした」
「だろー」
「あ、ギャルの陽夏だ」
そんなことを言い合っていれば、陽夏の泣き顔にうっすら笑みが浮かぶ。
「……ごめんね。今まで私に付き合わせちゃった」
「いーの。わたしがそうしたかったんだから」
「大学ライフとか、本当だったら送ってたはずなのにね」
「……うん。大学、行きたかった」
メグと一緒に。
弱々しく呟かれた言葉に、涙腺が刺激される。
「……うん。一緒に行こうよ。これが終わったらさ、私猛勉強するから。高卒認定試験? みたいなの、受けるからさ」
「いっそこのままだらだら過ごして、高校卒業するのもありだよね」
「あは。それもいいかも。……これが、終わったら」
「うん。終わらせないと」
陽夏と視線を合わせる。その目にはもう、涙は光っていない。
いや、少し訂正。目は少し潤んでいた。
「終わったら、また、メグと話してもいい?」
「もちろん。大歓迎」
「わたし、メグに嫌われていないよね?」
「あんなことで嫌うなんてことないよ。私、何年陽夏と友達やって来てると思ってるの」
陽夏は笑った。
私も、釣られて笑った。
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