「……え、今、なんて……」
「だからね、わたし達、ダンジョンの調査隊に入るの」
父と母がダンジョンから這い出てきた魔物に殺されてしばらく。
葬儀も終え、四十九日を過ぎても尚、取り残された絶望感に、悲嘆に暮れていた頃。
いつものメンバーが集まったから、何事かと思えば、姉から突然のカミングアウト。
「ど、どうして……」
「……わたしもね、色々考えたの。お父さんもお母さんがいなくなったのは、ダンジョンの魔物に殺されたせいじゃない?」
「……うん」
「こんな思いをする人を、もう増やしたくないの。突然の事故みたいに、予想もしていなかった死に方で、身内が亡くなる人が増えるのは」
姉は真摯に言い聞かせる。
姉の気持ちはわかる。尊重だってしたい。
だけど、感情が、それとこれとは全く別の話だと叫んでいる。
「だって、ダンジョンの調査隊って、有志でしょ? 国から、赤紙みたいに突然徴集されるとか、そういうものじゃないでしょ?」
「そうね」
「だったら、おねえちゃん達が行く必要なんてないよ!」
「恵美」
姉の諭す声音。
優しくて穏やかで、それでも厳しさを感じるそれに、言葉が詰まって出なくなる。
「確かに、わたしたちが行かなくても、誰かが望んで入るかもしれないわ、その人たちに全部任せてしまうのもいいわね」
「……」
「けどね、これはわたしの気持ちの問題なの。意地なの。わたしたちと同じ境遇の人たちを増やしたくないのは本当。それと、お父さんとお母さんの敵を討ちたい、なんて思っているのも、ちょっとだけ」
「……ちょっとだけなの?」
「いいえ。本当はもっと、うんといっぱいあるわ」
悔しそうに俯く姉の表情が見れない。
私は姉から顔を逸らしてしまう。
「……だって、お父さんも、お母さんも、ダンジョンの魔物に殺されたんだよ?」
「……ええ。そうね」
「危険なんだよ?」
「分かっているわ」
姉がすべてを理解しています、なんて言っていないことは分かる。
けれど、カッとなってつい叫び散らしてしまうのは、泣きたいほどの激情のやり場を、どこにも見つけられないから。
「分かっていないよ! おねえちゃんは何にも分かっていない!」
感情のままに叫ぶ私は、傍目に見て随分と滑稽だったことだろう。
それでも止められない心の内を喚き散らす。
「お父さんとお母さんがいなくなって、おねえちゃんもいなくなるの?! おねえちゃんだけじゃないよ。朔にいも、雄大兄ちゃんだって! 皆いなくなるかもしれないのに!」
気が付いたら視界が歪むほどに大粒の涙が零れ落ちていたようだ。
邪魔くさい塩味のある液体を乱暴に拭いながら吐き出す声は、情けないほどに震えていた。
「……お願い、行かないでよ。ひとりにしないでよ」
両親が亡くなり、姉までいなくなるかもしれない。
そんな可能性を突き付けられて泣くほどには、情緒が回復しきっていなかったらしい。
泣きじゃくる私を抱擁する姉は、心臓の穏やかな音がする。
温かい。生きている人の体温だ。
頭に暖かな重みが加わる。
不器用な、石鹸の香り。
「メグ、大丈夫だ。ダンジョンの調査隊は基本的に、自衛隊が先行して情報が公開されてから、後に続く。自衛隊の取り零した情報や物品を拾っていくのが調査隊の仕事だから、死ぬような目に遭うことは早々ない」
「……本当に?」
視線を上げる。朔にいが安心させるように笑んでいる。
不安と、ほんの少しの安堵が混じった不安定な空気をぶち壊すのは、雄大兄ちゃんの豪快な笑い声。
「だーいじょうぶだ、恵美! おまえの姉ちゃんは俺がしっかり守ってやるからな!」
「あら、そんな大口叩いて。ネアは守ってあげないの?」
「ネアは守らなくても自分で何とかするだろ。なんだかんだで場数は踏んでるし」
「言うほど踏んではないだろ。メグ、そういうことだ。雄大がカナタを守ってくれるらしいから、安心して待っていればいい」
涙の痕を拭われ、向けられる三つの笑み。
私は自分でもう一度、目元を乱暴に擦る。
そうしてもう一度、顔を上げる。
「……うん!」
両親が亡くなって以来、初めて浮かべた笑みだった。
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