私たちは宝石の道を抜け、五階から四階へ、四階から三階へと順繰りに戻っていく。
その道中も、やはりと言うべきか魔物の一切が出現しなかった。
「やっぱり、あいつにみんな食べられちゃったんですかね……」
「そうだろうな。今はリポップするためのクールタイム中なんだろう」
私たちの足音と会話以外、一切物音のしない洞窟みたいな空間は、ただそうあるだけで不気味さを煽る。
だれかいませんか、だれかいませんか。
もしもひとりぼっちでこの空間を歩いていたとしたら、思わずそう叫びたくなることだろう。
「ネア、もう降ろしてもいいよ?」
「ダメだ。だいぶ離れたとはいえ、まだ地上じゃない。どんでん返しが起こったとしても不思議じゃない」
「でもネアも疲れたよね?」
「俺は平気だ。そもそも、メグならともかく、結衣がこのスピードで走れるか?」
「ちょーっと無理ですねー」
小脇に抱えられたまま、あっけらかんと結衣ちゃんは言う。
たははー、と笑っている結衣ちゃんを横目に、私はネアに食い下がる。
「なら私だけでも降ろして」
「なぜ?」
「わたしならネアについていける」
頑固な私に、ネアは溜息を吐く。
そうして降ろすかと思われた。
実際、腕の力が緩んで地面に近くなったのだから。
しかし。
「ネア! なんで!」
「なんでもなにもない。メグを降ろすわけにはいかない」
「どうして! 着いて行けるって言ってるじゃん! 同じ盗賊なのに、疑うの?」
「違う。ここで降ろしたら、確実にメグは戻るだろう?」
ぐ、と言葉に詰まる。
けれど、現在絶賛戦闘中の雪原に戻る気はなかった。
「……一階層分下に戻るだけだもん」
「なおさらだめだ。メグは雄大たちが登ってきているとは考えないのか?」
今なお、酸を撒き散らしているヒュドラを引き連れて。
ネアの苦言。
私は空っぽの右手を見る。
「……だって。家族でも、恋人でも、届けてあげたかったんだもん……」
「それは遺品だ。知らない方が幸せなことだってある」
「そうしたら、その人たちはずっと待ち続けることになる!」
「まだ生きているはずだと希望を持っている方が、ずっと明日が生きやすい」
「いつまでも真実を知らないで?」
「そうだ」
「そんな待ちぼうけ、私は絶対にイヤだ」
目の前で亡くなった男性のロケットペンダント。
あれを私は、運ばれている途中でうっかり落としてしまった。
ネアに知らせても、取りに戻る余裕はない。
理解している。私のわがままで、ネアと結衣ちゃんを命の危険にさらしてしまうことなど、しない方がいいのだと。
だけど。
「……あの日、おねえちゃんがもし、死んでいたら。私はそれを知らずに、ずっと待っていたかもしれない」
「……」
「それは、絶対に苦しい」
ネアは大きなため息をひとつ吐く。
けれど、けして私を降ろすこともしなければ、速度を緩めることもない。
「それなら、ここで俺がメグをうっかり降ろして、みすみす戻らせたとしよう」
それはもしもと前置きが付け足された話。
「それが原因でメグが死んだとき、俺はカナタにそれを伝えない」
私ははっと息を呑む。
ネアの顔を見上げても。ネアの背中側に顔を出している現状、見えるのは後頭部ばかり。
「伝えられるわけがない。申し訳なくて、情けなさすぎて」
ネアがどんな顔をしているのかは見えない。
けれどその声は、ただ僅かに震えていた。
それがなんとも、泣きそうに聞こえて、胸が締め付けられる。
「メグは、知らせられないのが苦しいからイヤだと言ったな?」
「……うん」
「知らされた時は、きっと何倍も苦しいし悲しいだろうな」
「……かもしれない」
「そんな思いを、カナタにさせたいのか?」
もう、私は項垂れ首を振る以外、何もできなかった。
「ネア」
「ああ」
「ごめんなさい」
「それは結衣にも言ってくれ」
ネアに促され、同じ格好でぶら下がっている結衣ちゃんに顔を向ける。
「結衣ちゃんも、ごめん」
「んー、まあ、結果的に思い留まってくれたからオッケーですよっ」
強行突破してたら怒りました。
そんなことを笑いながら言ってくれる結衣ちゃんの言葉に、私は泣きそうになった。
「……さて、地上までノンストップで向かうぞ」
ネアはさらに速度を上げた。
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