「……あら?」
ビーカーの中身を何回か掻き回している姉は、突然不思議そうな声を上げる。
その声を聞いて、姉の顔を見る。
「どうしたの?」
姉はわずかに躊躇い、口を開く。
どことなく戸惑っている空気が漂ってくる。
「あのね……。なんだろう、低級って頭の文字が無くなったの」
「え? ただの回復ポーションになったってこと?」
聞き返せば、それも違う。と姉は否定する。
「なんなの?」
「……モモ級回復ポーション」
「え?」
「だからね、モモ級回復ポーションができたみたい」
低級でも下級でも、まして上級でもないモモ級。
聞いたことのない階級のポーションに、姉の戸惑った空気が伝播する。
「それってもしかして、オレンジのシロップを入れたらオレンジ級とか?」
「分からないけど、どうなんだろう?」
「カナタさん、それ新発見のやつじゃ?」
今まで、ポーションは低級から上級のポーションが一般的で、そこから逸脱した階級……最早階級と呼んでいいのか微妙な名前のポーションは、さながら新しく開発された新薬。
おそらく、発表されている限りでは、だれも開発できていない。
「この作り方で作ったものは、みんなモモ級とかになるのかは、あと何回か実験してみる必要があるけど」
味見をしてみて?
試飲用の紙コップに注がれたモモ級ポーションに、そっと口をつけてみる。
「……!」
「モモのジュースじゃん! 甘い!」
陽夏が嬉しそうな声を上げる。
モモのジュースの遥か遠くで、ポーションのセンブリ茶のような風味を感じる。
けれどその苦味は、ダージリンと合わせたモモのフレーバーティーのような味へと変換されている。
「おねえちゃん」
「はい、なぁに?」
「もうこれ以外のポーション、飲めなくなっちゃった」
私の苦情に、姉は嬉しそうに笑う。
「それなら、ふたりのためにこれはいっぱい作らないとね」
姉はビーカーのポーションを瓶へと詰めていく。
見た目は低級回復ポーション。
うっかり間違えて飲まないように気をつけなくてはならない。
「変わったのって名前だけ?」
「ちょっと待ってね……。低級回復ポーションと同じ感じの回復量だけど、回復の仕方が少し早くなるみたい」
大発見ね。
姉の呟いた言葉に、私は同意した。
あの後、シロップの種類を変えて何度か同じ製法を試してみた。
その結果、回復ポーションにはモモシロップのみが使えることが判明。
今あるシロップで、モモ以外のシロップはすべて失敗作となってしまった。
「もしかすると、シロップの効果もあるかもしれないわ」
姉の考察だと、モモのシロップは体力回復の効果が僅かに付いているそうで、それが回復ポーションとうまくマッチした結果、モモ級のポーションができたのではないかと。
「魔力の回復するシロップは今は見つけてないけど……」
これからもっと、シロップ作りに熱を入れることになるわね。
姉は嬉しそうに言う。
ちなみに、できたてシロップとできたてポーションを混ぜ合わせると、モモ薬糖ができたことを追記する。
そのままでは使えないけれど、もっと煮詰めて型に流して固めると、回復効果のあるキャンディーのようなものになるのだとか。
「多分だけど、ポーションのように瓶が必要じゃない分、荷物は軽くできるかもね」
とは姉の弁である。
「おねえちゃん、これ、発表するの?」
これを発表したら、ポーション界に激震が走ることになるだろう。
なんせ、今までまずいと言われていたポーションが、ジュースや紅茶のように飲みやすくなるのだから。
しかし、姉は首を振る。
「発表は、今はしないわ。だって、そうしたらわたしはこればっかり作れって言われることになりそうだもの」
姉は、こればっかりにかかりきりになってしまい、お菓子やシロップを作れないことを懸念しているのだろう。
「少なくとも、ふたりに安定して供給できるようになるまで、わたしは発表しません」
ウインクをした姉は、できたポーションをひとまとめに箱に入れて仕舞う。
私は陽夏と顔を見合わせる。
「え? ウチらに安定供給できるようになったら発表するってこと?」
「そうよー」
「おねえちゃん、お菓子とか作れなくなるのが嫌だと思ったんだけど」
「たしかにそれも嫌だけど、ふたりがポーションを飲みたくないばかりに、ケガをして帰ってくるのが嫌なのよ」
だから、わたしが安心できるまでは発表しないの。
今日一番の笑みを浮かべ、姉はそう言った。
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