大久保雄大が倒れたまま運ばれてきた。
四肢は欠損。由人さんの回復魔法により繋ぎ合わせられて、五体満足に見せかけられている。
酸が思い切りかかってしまったのだろう。見える範囲では、顔の半分以上と首元が焼け爛れているように見える。
それはきっと、皮膚や肉が溶けた痕。
西洋風の甲冑に、何者かに齧られた跡がある。
どれだけの力で噛み砕かれたのか分からないほど無残に。
きっと瀬名さんや由人さんは、そのまま食べられるはずだったその四肢を、死に物狂いで回収したのだろう。
そういうことだけが、私にも分かる限界。
彼のその意識は既に無く、息をしているのかさえ分からない。
息を探そうにも、やたらと気が散る。
ただ、ひたすらに、五月蠅い。
夏の暑さに意識が揺らぐかのような、奇妙な視界の歪みに襲われる。
ぐわんと耳鳴りが酷くて、職員さんの慌ただしい声も、周囲の戸惑う声も。
どこか遠くの液晶から流れてくる野暮ったいB級映画の音声のような、ぼんやりと形を成さない耳鳴りとして認識される。
水の中に入った時の、ぼんやりした聞こえ方に似ている。
ただ、鬱陶しいほどのセミの声も、泣き叫ぶ、聞き馴染んだ声も。
やけにはっきりと、脳を殴るように届くから。
ただ、ひたすらに五月蠅かった。
「―――メグ!!」
「ヒュッ……!」
息をするのを忘れていた。
ネアの声が、私を現実に引き戻す。
カヒュッ、と、過呼吸気味の呼吸が喉から鳴る。
息がうまく吸えない。
座り込み、しゃくりあげる私は、必死に酸素を求めて口を開閉する。
口の端から涎が流れ、それが地面に垂れ落ちても尚、私の身体は息をすることを忘れたかのようだ。
苦しい。
苦しさに喘ぎ、酸素を求め口を開け、何か言葉を発そうと力んでも、そこから出るのはえづく音。
最早地面に流れ落ちているのは、涎なのか鼻水なのか、それとも涙なのか分からなくなってしまった。
それなのに、まだ呼吸はうまくできない。
「メグ、メグ。大丈夫だ」
背中を、大きな手で撫でられる。
いつもは荒っぽい手つきが、この時ばかりは戸惑ったように優しく撫でるから。
「うっ、うぅっ、うぅーっ」
呼吸を忘れた身体は、滂沱のように涙を流す。
それでも必死に息を吸おうと頑張る身体を、一回りも、二回りも大きな身体が包み込む。
「大丈夫。雄大はまだ生きている。呼吸もしている。大丈夫」
「言っだもん……! 無事で帰ってっでぇ……! 言ったもん……!!」
「そうだ。そうだな。雄大は約束をちゃんと守るよ。信じよう」
ネアが父のように優しく声をかけるから。
母のように優しく包み込んでくれるから。
私はただ、転んでしまった子供のように、彼の胸で泣き続けた。
▽
「……それじゃあ、僕らは探索者協会に報告してくるから」
気遣わし気な視線を向け、由人さんは私を車から降ろす。
さっきまでずっと握られていたネアの手を、名残惜しく解いた。
「お願いします」
「恵美ちゃん、大丈夫ぅ?」
「私より、瀬名さんの方が重傷じゃないですか。ちゃんと、報告の後病院行ってくださいね」
「わかってるわよぉ」
助手席から瀬名さんが顔を出す。
その頭にはきつく幾重にも包帯が巻かれていた。
「僕としてはすぐにでも病院に行ってほしいんだけど」
「できるだけ多くの目撃情報が欲しいって話でしょぉ? わたしなら平気よぅ」
気遣わし気に包帯に触る由人さんに、満更でもなさそうな瀬名さん。
ナチュラルにいちゃつき始める二人から視線を逸らし、後部座席、さっきまで隣に座っていたネアの顔を見る。
「すまないな。本当は一緒にいてやりたいんだが」
「おねえちゃんいるから平気。それよりも、凍結イチゴのことよろしくね」
「ああ。金額は口座に、さっき話していたように言っておく」
「うん、お願い。あ、余剰分、私のやつは要らないからね」
そう言って彼に、一パック分の凍結イチゴを見せる。
本来ならすべて換金し、パーティーメンバーに均一に振り分けるのが楽なのだけれど、私が無理を言って現物をもらい受けることになったのだ。
当然、他のメンバーと同条件だと不公平が出る可能性がある。
そのため、細かく計算をして、当初の依頼達成金額からこの一パック分の金額を抜いた額。
それが私の達成報酬になることになった。
「雄大の面会ができるようになったら連絡する」
「わかった。結衣ちゃんからも連絡が来ることになっているけど、念のためお願いします」
彼が携帯を振るコミカルな動作をするから、私もそれを真似して振る。
「……気を付けてね」
「ああ。……あ、それと」
「ん? なに?」
「あのな、その……」
ネアが口ごもる。
なんだなんだと近付いてみると、彼は意を決したように口を開く。
「俺の初恋は別に、カナタじゃないからな」
ほんのりと赤く染まった耳。
隠すように、隠れるように慌てて扉を閉めた彼は、にやつく瀬名さんに何事かを揶揄われ、顔を真っ赤にして対応している。
苦笑いを浮かべた由人さんがアクセルを踏むと、車はゆっくりと発進する。
やがてその姿は見えなくなる。
私はずるずると、地面に座り込んだ。
「あー……。だめだ」
私、多分、ネアが好きだ。
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