魔法のシロップ屋さん

シロップ屋さんのポーションは飲みやすいと評判です
宇波
宇波

凍結イチゴの納涼依頼 17

公開日時: 2022年4月16日(土) 11:00
文字数:1,852

 ああ、まぶしい。

たった数時間、ダンジョンに潜っていただけなのに、実に長い時間をそこで過ごしたような気もしている。

久方ぶりの太陽は、暗がりから顔を出した私の目を焦がさんばかりに照り付けている。

きっと地上に這い出たモグラもこんな気分なのだろう。

ああ、まぶしい。


「入るなっ!」


 ネアの怒号が響く。

それに肩を震わせ、立ち止まる人影が数名。


「今から受付に報告する。死にたくなければ入るんじゃない」


 決して穏やかではない忠告。

怯んだ彼らは、きょどきょどとこちらの様子を窺うが、ネアはもう彼らに背を向けている。

私たちを小脇に抱えたまま。


「すっごく目が合いますねー」

「そろそろ降ろしてほしい……」

「また、ダンジョンの中に戻ってっちゃうんじゃないかって思われてるんじゃないですかー?」

「しないし、もう」


 諦めたように力を抜き、ネアの腕に垂れ下がる。

渾身の力を込めてかけた体重は、ネアのバランスを崩すこともできなかった。


「お帰りなさい、無事で何よりです。……あれ?」


 受付の女性は、ネアの顔を見て穏やかに挨拶をするが、途端訝し気な声色になっていく。

それは私たちが小脇に抱えられていることか。

それとも、人数が行きと違うことなのか。

あるいは、その両方か。


「報告がある」


 ネアは五階層にヒュドラが出たことや、一階まで徘徊している可能性を、彼女に包み隠さず伝える。

話を聞いていくごとに、受付嬢の声色は固くなっていく。


「他のパーティーメンバーは、奴と戦っている」

「それって……!」

「倒し切ることは不可能だろうが、きっと折を見て退避してくるはずだ。そうに違いない」


 そうあってほしいと、切実な祈りに聞こえるのは、私の耳が都合のいい耳をしているからだろうか。


「本部に連絡を出します。また、これから帰還してくる探索者以外の人員を入口に入らせない措置を取ります」

「頼む。先ほど入ろうとしたやつらには忠告を出した。留まってくれているかは、まあ、分からないが」

「ご協力、感謝します」


 受付嬢が慌ただしく動き出す気配がする。

数人に指示を出し、彼らは急いでダンジョン入口に向かっていった。

彼女は備え付けの受話器に、何事かを話している。

ネアは彼女たちの仕事を横目に、受付からそれなりに離れた砂利道へと向かう。


「ようやく地面だー」

「どっと疲れましたねー」


 そこでようやく私たちを降ろしてくれたネアは、その場に腰を落ち着ける。


「少し休憩しながら、雄大たちを待とう。日が暮れたら、一度帰るぞ」

「うん」

「わかりましたー」


 砂利道で少しお尻が痛いけれど、それ以上に身体は休息を求めている。


(そんなにケガはないけど、おねえちゃんのポーション飲んでおこうかな)


 回復ポーションは、疲労回復の効果も付与されているという。

正しくは、身体が回復することによって、付随する疲れもついでに回復されるというものらしいけど。


 私がポーチからポーションを漁っていると、結衣ちゃんが足首を撫で擦っているのが目に入る。


「結衣ちゃん、やっぱりケガしてた?」

「あははー、分かっちゃいますか」

「うん。雪の所で変なコケ方してたから」

「そうなんですよ。挫いちゃったみたいで」


 私にバレたからか、彼女は隠すこともなく、いたたー。なんて軽い調子で言いながら顔を顰めている。

私はひとつ手に取ったポーションを見る。


「よかったらこれ、飲む?」


 低級回復ポーションの瓶。

それを見て、彼女の笑みは固くなる。


「えー、いやぁ、あたしはいいですよー」

「でも飲んでいた方が後々楽になるよ」

「だってポーションって高いじゃないですかー」

「これはあげるから。……ダンジョンの中で、迷惑かけちゃったし」


 迷惑料。

そう言うと、彼女は諦めたように肩を落とす。

それに首を傾げると、だって。と小さく呟いた。


「だって、ポーションってめちゃくちゃ不味いじゃないですか……」


 なるほど。

私は人目を気にするようにきょろきょろ周囲を見渡す。

ネアは向こうを向いていて、きっと聞いていない。


「これね、秘密のポーションなの」


 ならばと、私は結衣ちゃんに控えめな声で耳打ちする。

彼女は「秘密……?」と訝し気に聞き返してくる。


「そう。だから、結衣ちゃんが思っていることにはならないよ」

「でも」

「嘘だったら私を殴ればいいよ」


 ほら。

そう言って差し出す瓶を、彼女はじっと見つめる。

そして覚悟を決めたように、その中身を一気飲みした。


「……?!」


 口が、あ、の形に動く。

私はそれを、手で塞いで止めた。


「内緒だから、ね?」


 こくこく、赤べこのように頷く彼女が落ち着いたのを確認し、私はそっと手を外した。

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