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宇波
宇波

辰砂ジンジャー辛苦味 15

公開日時: 2022年5月28日(土) 18:00
文字数:2,102

「メグー!」

「陽夏ー!」


 空中魔力トランポリンを三つ、階段状に展開し、地面へ危なげなく降り立ってすぐ。

陽夏が両手を広げて真っ先に駆け寄って来るから、私も両手を広げて待ち構える。

それほど時間の経たないうちに、陽夏が飛び込んでくる、予想通りの衝撃。

飛び込んできた勢いのまま、私たちはくるりと一周、その場で回る。


「メグ、すごいじゃん! 空を飛んでた!」

「陽夏こそ! あの水球、試験の時よりも大きかったのに! よく魔力切れにならなかったね?」

「魔力はまだまだ有り余ってるぜぃ」

「すごいよ」


 きゃっきゃと再会を喜んでいる私たち。

遅れて、歌麿さんが。最後にネアが、集まってきた。


「おふたりとも、見事でございましたぞ! 陽夏嬢は素晴らしく潤沢な魔力をお持ちのようで! ワタクシ、感服いたしましたぞ!」

「よせよ、照れるやい」


 お茶らけて鼻の下を擦る陽夏と、心底感激したという風に目を輝かせている歌麿さん。

私は近付いてきたネアに対して、問いかける。


「魔力の量って、見えるの?」

「どうなんだろうな、聞いたことは無いが……」


 恐らく、陽夏の水球の大きさを見て推し量っているのかもしれない。

その返答に、納得の意を示す。


「なるほど」

「メグもすごかった。どうやってあれをやったんだ?」

「あれ? ……ああ、足場だね」

「足場?」

「うん。魔力を足から外に出して、簡易的な足場を作って、それを使って移動してみたの」


 うまくできてた?

そう問いかけをして見上げると、ネアが不器用に頭を撫でてくる。


「ああ。随分と魔力の扱い方が上達したな」

「……えへへ」


 ネアに褒められて悪い気はしない。

だらしなく頬を緩ませる私に対し、ネアはピリッと、気を引き締めた表情を浮かべ前を向く。


「……さあ、ボスは目の前だ」


 その声に釣られ、ネアと同じ方向を向く。

目の前と言うほど近くではないが、少なくとも視認できる範囲にそれはあった。

古びた茶色の、巨大な扉。

アーチを描くその扉は、きっと木製。

あの先にボスが。

ボスと戦うという現実が目の前に迫り、私は喉を鳴らす。


「……行くぞ。準備はいいな」

「もちろん」


 一歩、歩みを進める。

背後から足早に歩いてきた陽夏が隣に並ぶ。

そのさらに隣に歌麿さん。

アベンジャーズ的な横並びで、私たちはボス部屋の扉を押した。


「……鏡?」


 扉を開けてすぐ。

目に入ってくるのは、壁一面に張り巡らされた鏡。

それは土壁を埋め尽くさんばかりに大きく、広く、そして大量に、部屋の中に存在している。


「えっ、きゃあっ!」


 突然、部屋の中から見えない力で胸倉を引っ張られる。

抵抗する間もないまま引きずられた私は、部屋の中に倒れ込む。

同じく部屋の中に倒れ込んだ陽夏を、歌麿さんが支える。


「大丈夫ですかな?」

「あ、さんきゅ……」


 しどろもどろになりながらお礼を言う陽夏の真横。

一枚の鏡に、光る点が見えた。


「伏せて!」

「ぬっ!」

「え、うわっ!」


 叫び声を受けて咄嗟に動いたのは歌麿さん。

陽夏は地面と歌麿さんに挟み込まれる形となる。

しかし、それに何かを言うよりも先に、鏡から一筋の光が直線的に発射される。


「レーザー光線かよ!」

「陽夏、そのまま伏せてて!」


 黄色に染まったレーザー光線の真下を潜り抜け、鏡の手前まで走る。

鏡の手前に飛び込むと同時、腰から引き抜いたダガーを思い切り打ち付ける。


「鏡割れた!」


 きらきらと破片が舞う。

その鏡の向こう側は、見慣れた岩壁だった。


「どういうこと……?」


 割れた鏡の向こう側から攻撃を仕掛けているのではなかったのか。

頭の中に疑問が浮かび、一瞬、動きが止まってしまった。


「キキキキキ!」


 甲高い、不快な笑い声。

それは割れた鏡の反対側、さっきの黄色いレーザー光線が吸い込まれていった鏡から発されている。


(まずい)


 チリ、と小さな音が鳴る事前動作。

レーザが発射されたのは、そのすぐ後。


「!!」


 悪手だと理解している。

しかし咄嗟のことに、私は目を瞑ってしまった。


 そんな私の身体が、強い衝撃を受けて地面に転がる。

地面に転がった時の摩擦で肌が熱い。手が擦れた。痛い。でも、それだけ。

貫かれたような痛みは感じず、恐る恐る目を開ける。


「……ネア!」

「ぼーっとするな!」


 ネアに怒鳴られる。

どうやら硬直した私の身体を、彼が突き飛ばしたらしい。


「ごめっ」


 謝ろうとする私を目で制す。

ネアは、歌麿さんと陽夏に視線を向ける。


「こいつは『ナイトメア・ミラー』だ。鏡の中から攻撃をしてくる。鏡をすべて割って、本体を引き摺りだすぞ!」

「分かりましたぞ!」

「りょーうかいっ!」


 さっと体勢を立て直すふたり。

歌麿さんは近くの鏡へと駆け寄っていき……。


「むぅんっ!」


 渾身のボディータックルで、その鏡を粉々に砕いた。

一方陽夏は、杖を正面に向け、小さな水球を作り出している。


「貫け! 『水の矢ウォーター・アロー』!」


 それは矢の形へと変貌し、ここから一番離れている真正面、部屋の奥にある鏡を割った。


「メグ、立て」


 ネアの指示。

私はさっと立ち上がり、警戒態勢を取る。


「俺たちはどこから攻撃が来るかを索敵で探し、いち早く周囲に伝えるぞ。これは俺たちにしかできないことだ」

「……うん!」

「よし。……ここから巻き返すぞ!」


 ボス部屋の中、それぞれの返事が重なって響いた。

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