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宇波
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凍結イチゴの納涼依頼 20

公開日時: 2022年4月17日(日) 17:00
更新日時: 2022年5月19日(木) 16:34
文字数:1,994

「ただいま」


 家に入ると、真っ先に姉が飛び出してくる。


「おかえり。聞いたわ、大変だったわね」


 そう言いながら姉は、車椅子の上から私の体を触り、ケガが無いことを確認していた。


「……よかった。雄大が、ちゃんと守ってくれたのね」


 私は何か、申し訳ない気持ちに苛まれる。

堪らず、私は姉に頭を下げていた。


「ごめんなさい」


 びっくりしたような姉の声が、頭上から降る。

慌てたように顔を上げさせた姉は、心配そうな顔で覗き込んでくる。


「どうしたの?」

「私がいたから、私がいたから、雄大兄ちゃんにケガさせちゃった……っ!」


 雄大兄ちゃん。

それほど遠くない昔に呼んでいた名前。

燻っていた怒りなどとうに風化し、今はただ、申し訳なさだけが残っている。


「……恵美、よく聞いて」


 姉は諭すように、優しい声色で語り掛けてくる。


「これはね、全て運が悪かったの」

「運……?」

「そう。運よ。だって、今日入ったダンジョンは探索者協会からもお墨付きをもらっている、初心者の高校生探索者でも、一定の階層まで入ってもいいダンジョンだったのでしょう?」

「……そう、だよ」

「恵美たちはその決まりを忠実に守っていた。一方で、最下層の、言ってしまえば初心者が相手取れるようなやつではない魔物が、浅い階層に這い出てきてしまったってわけでしょう?」


 恵美は悪くないわ。

姉は再度、私にそう言う。


「……でも、私がいなければきっと、雄大兄ちゃんは大怪我しないで帰ってこられた」

「どうしてそう思うの?」

「私たちが逃げている時に、ヒュドラに追い付かれないように足止めしてたから。だから、雄大兄ちゃん、大けがして帰って来ちゃった」


 姉は私の頬を撫でる。

優しい撫でられ方。私は姉と目を合わせる。


「それはね、違うわよ」

「違う?」

「たとえ恵美がその場所にいなかったとしても、雄大はきっと大怪我をして戻ってきていたわ」

「どうして……?」

「雄大だからよ」


 姉はおかしそうに笑う。

それは、彼女が彼のことをよく知っている、その思い出からの思い出し笑い。


「あのね、あのバカはそういうやつなの。いつでもヒーロー気取り。そのくせ超人染みた能力もなくて、ただ努力ばっかりしていたわ」


 懐かしそうに目を細める彼女の話に、私は聞き入っていた。

それは私が聞いたことの無い、彼と姉の話で。


「その場に、他のパーティーメンバーがいれば、いいかっこつけたがりの雄大だから。きっと殿を努めるとかって言って、他の人を逃がして、結局大怪我を負うことになっていたわよ」


 それは一種の信頼。

そんな気質の彼を、仕方がないで済ませて許せる姉だから。

きっと、ふたりは恋人になれたのだろう。


「……雄大兄ちゃんが起きたら、謝りたい」

「今日のこと?」

「ううん。……今までのこと、全部」


 まだ、覚悟もほんのりと芽生えたばかりのその決意を、姉は優しく聞いてくれる。


「嬉しいわ。恵美」


 これからどうなるのかなんて、まだ分からない。

けれど、私のせいで壊してしまったものを元に戻す。

その一歩になればいいと、切に願う。


「……そうだ、おねえちゃん! 熱中症対策用のシロップの依頼って、どうなった?」

「それがねぇ、本当にうまくいかないから、お断りの連絡をしようか迷っていたのよ」

「それだったら、これ使ってみて」

「あら、あらあらあら! 凍結イチゴじゃない、どうしたの、これ?」

「今日の納品依頼の余剰分。一パックだけもらってきたの。……足りる?」

「きっと十分よ。ありがとうねぇ。恵美は素敵な妹だわ」


 喜んだ姉が私の頭を撫でる。

髪の毛がぐしゃぐしゃになるほど激しく撫でられる。


「さあ! 早速作らなくちゃ!」

「手伝えることはある?」

「あら、それならお砂糖出してほしいわ」

「はーい」


 棚にしまわれた業務用の砂糖を袋ごと取り出す。

重量感のあるそれをうっかり零してしまわないよう、慎重に机の上に置く。


「……今日ね、ダンジョンで人が亡くなっていたの」

「……ええ、聞いたわ」

「その人の持っていたロケットペンダントをね、写っていた人に持って行こうとしたんだけど……。落としちゃって」


 姉は凍結イチゴのヘタを取っている。

見るからに冷たそうなそのイチゴは、見る見るうちに山と積まれていく。


「そうね、恵美。約束を守ってくれて嬉しいわ」

「約束……」

「言ったでしょう? 無事に戻ってくるために素材なんかを手放さなくてはならないのなら」

「……捨ててでも無事に戻って来るように」

「そうよ。嬉しいわ。恵美が無事に戻って来てくれて」


 鍋の中に転がっていく凍結イチゴ。

パック自体が大きかったから、採取当時は小さく見えたけれど、意外とあれは大きかった。


 がちゃがちゃと鳴るのは、私が食器を洗う音。

姉がコンロに火をつけた音。

良く響く、生活音。

それから、姉の楽しそうな話し声が、合奏のように合わさっていく。


 だからだろうか。

私は、カバンの中に入れっぱなしにしていた携帯が、必死に鳴っていることに、気が付くことができなかった。

これにて『凍結イチゴの納涼依頼』閉幕にございます

次章を準備中ですので、しばらくお待ちくださいませ


※お待たせしました

次章の準備が整いましたため、5月22日から一日5話更新で進めさせていただきます

よろしくお願いします




























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