ポツーン。
天井から染み出た水滴が、地面の岩に当たる音が鳴る。
鍾乳洞のような洞窟ダンジョン。
暗がりを恐る恐る進む私達の足音が、やけに大きく響いている。
「暗いね……。それに足元が滑りやすい」
「大丈夫? 懐中電灯もう一本あるよ?」
「ううん、大丈夫。それより、こんなにスムーズに入れるとは思わなかったよ。まさか見張りがいないなんて」
「今日はね、ここのダンジョンに入るって言っていたから、見張りはいないか少ないって思ったの」
「どうして?」
私達の会話は、足音よりもよく反響している。
構わずに続けるのは、少しでも不安感を紛らわしたいからだろう。
「調査隊が入るのは、自衛隊がオールグリーン……魔物が比較的弱い、もしくは対処が可能になるマニュアルを作れて、且つダンジョン外に出る可能性が少ないって言った、安全が確保されたところしか入らないから。そうすると必然的に見張りが減るんだよね」
「わたしたちみたいな侵入者もいるかもしれないのに?」
「自衛隊派遣の見張りが見張っているのは侵入者じゃなくてダンジョンから出てくる侵略者だから。善意のある人なら、人が入ろうとすると見咎めるだろうけどね」
そんな、以前姉に聞いたことを、まるで我が物かのように語る私に、陽夏は感心したように頷いている。
「すごいね、メグ! 見直したよ!」
「へっへーん! ……まあ、おねえちゃんの受け売りなんだけどね」
「なーんだ」
そんなことを話しながら進んでいくと、苔でぬるぬる滑りやすくなっていた道が開けて、岩がゴロゴロ転がっているエリアへ到達した。
「わ、あれが魔物?」
「どれ? ……あの岩に貼り付いてるの、スライムってやつかな。確か、火を噴く火炎放射器とかなら効くけど、ナイフとかハンマーとかは効きづらい魔物らしいよ」
「すごい色とりどり……。メグ、どうするの? こっちの武器って、途中の百均で買った包丁しかないけど」
「うーん……。倒すの難しそうだし、隠れて先に行こっか」
「賛成」
岩の陰に隠れて様子を見る。
スライムがいる岩といない岩がある。
私達はいない岩を見つけては転々と移動していく。
「もしかして、スライムって目と目が合えば勝負って魔物じゃないのかな?」
陽夏がボソリと呟く。
確かに、コソコソ移動しているとはいえ、音は消しきれないし、気配も消えていないだろうに。
スライムときたら、私達の動向なぞどこ吹く風。
のんびりと岩に這って、ナメクジくらいのスピードで移動している。
私は思い立って、少し離れた岩に這う緑色のスライムに、足元の小石を投げてみた。
「ばっ! メグ!」
スライムの体に当たった小石はその身体に貼り付き、同時にスライムが8つに裂けた。
悪魔の口のように開かれたその裂け目に小石は飲み込まれ、やがて元の形をしたスライムに戻る。
それはクリオネの捕食シーンを彷彿とさせ、体内に飲み込まれた小石のような影が見えた。
それはいずれ、じんわりと溶けて吸収されることだろう。
……そして私は、陽夏に胸ぐらグラグラの刑に遭っていた。
「メグのバカッ! 何いきなり攻撃してるのよ、危ないやつだったらどうするの?!」
「いや、結果的にその場に貼りついたまま捕食するのが分かったじゃん……」
「結果論よそんなの! もう、遠距離攻撃の手段を持っていたらどうするつもりだったのよ!」
グワングワンと揺らされ、視界が揺れる揺れる。
首が前後に大きく揺れることしばらく。
頭の脳味噌がひどく揺れている感覚を覚えながら開放された私は、その場に座り込む。
「ほんっとうに……! よかった、メグが無事で……!」
心底安堵したように吐き出すものだから、私は罪悪感を抱く。
「……ごめんね、陽夏。はしゃぎすぎたかもしれない」
「かもしれない、じゃなくてそうなのよ。次から絶対に安易なことはしないこと! いいわね?」
「はーい、陽夏ママー」
「だれがママよ! ……あ、あれは?」
陽夏が視線を向ける先。
複数人の人影が見える。
その中には見慣れた三人の姿もあって……。
「隠れて!」
私達は近くの岩陰に身を潜めた。
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