「お待たせ」
「そんな待ってないぜぃ」
「ありがと。陽夏の装備、二階まで来たけど、どこで買うの?」
陽夏は振り返り、にんまりと口角を上げる。
「実は一階なんよ」
「あ、まさか?」
「そのまさかさー」
どっきり大成功。なんて言いながら、彼女は階段の方へ向かう。
「エレベーターじゃなくていいの?」
「エレベーター酔いしたぽい。今足元おぼつかない」
「え、大丈夫? 休まなくって平気?」
「ぜーんぜんおっけぃ。ただ、エレベーターは避けたいかね」
「分かった、階段にしよう」
「さんきゅー」
そう言いながら、フロアを出て階段を下りる。
エレベーターやエスカレーターのような、華やかなフロアから離れたところに設置されているこの階段は、まるで隔離されたように静かだ。
私は陽夏が落ちてしまっても大丈夫なように、手すり側を陽夏に譲る。
「んなことしなくっても、ウチなら平気だって」
「そう? でもこれで歩かせてよ」
「しゃあないなぁ。てかここ、声めっちゃ響くくね?」
「響くね。足音もすごい響いてる」
階段を下りいていくたび、ローファーの底が音を立てる。
かつーん、って。
「……わぁっ!!」
「うわぁっ?!」
突然、陽夏が大声を上げる。
突拍子もない行動と、いきなりの大声に心臓が大きく跳ね上がる。
跳ねあがった心臓はすぐには元のように収まらず、しばらくバイクの駆動音のように鳴り響いている。
「なに、陽夏どうしたの?!」
「あっはははは!」
いきなり大声を上げた陽夏は、今度はこれまた大きな声で笑い出した。
突然の奇行に、目を白黒させることしかできない。
「いやぁ、これだけ人がいなくて静かで音も響くってなったら、大声上げたくね?」
「私はすっごいびっくりしたよ……」
「めんごめんご」
「もーっ」
ちょっとびっくりした腹いせに、陽夏の脇腹を小突く。
くすぐってぇしー。なんて言って、ふたりで笑い合った。
「お、一階到着」
「さっき、一番最初に見たお店だよね?」
「そーよ」
陽夏は率先して店に向かっていく。
その後ろを着いて行くと、相も変わらず出迎えるのはATMと金融窓口の並び。
そのすぐ傍に目的のお店があるのだから、仕方ないと言えば仕方がない。
「いらっしゃいませ。あら? さっきの」
「いえーい。また来たぜぃ」
「いらっしゃいませ。無事に買い物パスの発行ができたようで、何よりです」
店員さんは軽くお辞儀をし、すぐに顔を上げる。
「お求めの商品はございますか?」
「そこにあるローブが欲しいんだけど」
「あちらのものでございますね。少々お待ちください」
彼女は手早く陽夏の指さすマネキンからローブを剥ぎ取り、目の前に持ってきた。
「こちらでよろしかったでしょうか?」
そのローブは、薄々気付いてはいたけれど、やっぱり私が陽夏に似合うと言ったあのローブで。
陽夏は水色の刺繍の入った白いローブをしげしげと眺め、満足そうに頷いた。
「念のために試着していー?」
「もちろんです。どうぞ」
店員さんは試着室へと陽夏を案内する。
開かれたカーテンの中に吸い込まれていった陽夏を見送ると、店員さんはこちらを振り向いた。
「お待ちの間、店内を見ていかれますか?」
もちろんイエスと首を縦に振った。
この店は盗賊装備アレシアのように、普通の洋服と称しても差し支えの無い装備は置いていない。
そのほとんどが鎧やローブと言った、これぞファンタジーと言って然るべきな装備ばかりが置いてある。
その代わり、ビキニアーマーと言っても、あの店を見た後であれば随分と健全な範囲の露出しかしていない、いわゆる常識的な範囲のものであると分かるし、キワモノは一切置いていない。
本当の意味で初心者向けの店であることが窺える。
「良いお買い物はできましたか?」
声をかけられて、隣を見ると、店員さんが微笑んでいた。
「はい。おかげさまで」
「いいことでございます。それを聞くだけで、わたしたちも頑張れるというものです」
彼女は本当に嬉しそうだった。
この仕事が、楽しいんだと傍目にもわかる。そんな態度だ。
「着れたんだけど。ちょっち見てー」
「少々お待ちください。それでは、失礼しますね」
店員さんは更衣室の中からかかった陽夏の声に答え、小走りで向かう。
私も彼女の後ろに着いて行くと、カーテンを開け放った状態の陽夏が見えた。
「はい、はい……。ぴったりのサイズでございますね」
「マジ? ならこれ買うわ」
「ありがとうございます。すぐにお包みしますね」
店員さんがそう言えば、陽夏はカーテンをまた閉める。
しばらくゴソゴソしている音を聞いていると、再び開かれる。
開かれた更衣室には普段見ている制服姿の陽夏が立っていて、その手には脱いだローブが握られている。
「お預かりいたします」
陽夏からローブを受け取り、彼女はレジへ向かっていった。
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