戦場の熱量と砂埃を交えた、熱の籠った風を切って走る。
感覚が冴えてくる。
周りの雑音、邪魔な映像。全部取り払い、ただその存在が鮮明に映る。
ただ、ひたすら真っ直ぐに突き進む。
その存在を頼りに。
しかし、それを途中で遮る者がいた。
それは突然、私の目の前を横切って。
「……シシさん?!」
「メェちゃん! 避難したんじゃないの?!」
「してないです!」
「嘘だろ、おい。ネアが避難しただろうって言ってたから安心しきってたじゃねーか」
慌てたように早口で独り言を捲し立てる彼のその手には、空っぽの手提げ袋。
「買い物ですか!」
「この状況で?!」
彼は違うと首を振る。
「支援物資を取りに行くの! 特にポーション! いくらあっても足りないんだよ」
「そういえば人手が足りないだろうって聞きました」
「かき集められた分はそのまんま使えるけどね。俺は支援物資を前線に届ける役割で動いてるんだよ。メェちゃんは?」
「私は……」
私が言葉を紡ぐ前に、訳知り顔でシシさんの顔がにやついた。
「ネアか」
「ち! ……がくないですけど。届け物です」
「そうか。……なあ、メェちゃん」
「なんですか」
「支援物資運搬係、やらない?」
何を言われたか分からず、きょとんとする。
そんな私に、彼は畳みかけるように捲し立ててくる。
「メェちゃん、身軽だし、全然いけるでしょ。前線に持って行くって言っても、ちゃんと前線の一歩手前に補給ポイントがあるから、そこに置いてこればいいだけだからさ」
「……シシさん?」
「それにほら、運搬係なら……。……惨い光景も見なくて済むだろ?」
彼は何故か、私を行かせたくないように見えた。
そのことに、私はひどく不安に駆られる。
「シシさん」
「あ、俺、ちょっと用事があったんだ! だからちょっとの間代わってくれるだけでも……」
「シシさん!」
怒鳴り声にも近い静止の声に、ようやく彼の言葉が止まる。
その顔は、情けないほどに泣きそうで、それでいて悔しそうだった。
「……俺じゃダメだった」
「ダメって、何がですか」
「アイツの助けには、これっぽっちもなれなかった」
シシさんは顔を手で覆い、その場に蹲ってしまう。
私はしゃがみ、彼と目線を合わせる。
「シシさん。何がありましたか」
「メェちゃん。どうしてネアに会いたいの」
質問に質問で返され、眉を上げる。
しかし、彼は至って真面目な問いかけをしているようで。
だから私も、真面目に返す。
「私、ネアたちに酷いことしてたんです。だから、謝りに行かなきゃ」
「そっか、そっかぁ」
シシさんは目元を擦る動作をする。
「それなら、急げよ」
シシさんの指さす向こう。
ネアの映像が見えるところ。
私はその光景に、唖然とした。
「もう、手遅れになるかもしれないから」
息を呑む。同時に駆けだす。
存在だけが大きくて、それがどうなっているのか、そこに意識が全くと言っていいほどに、向かなかった。
ようやく。これだけ近くなってからようやく、その存在の現状を把握するなんて。
その場所に辿り着く。
そこで見たのは、たくさんの人が、巨大な石像に向かって武器を向けている光景。
その中に、必死になって大剣を振るう雄大兄ちゃんの姿。
彼は何かを守るように壁となり、その攻撃を一身に受けては、それを守っている。
彼の背後に庇われていたのは、傷だらけになり、地に伏している人。
最近陽夏に前髪を切られ、目の前が落ち着かないと言っていた彼。
その彼が、地面に倒れている。
私は叫んだ。
「朔にい!」
私の声に、雄大兄ちゃんが振り返った気がした。
しかし、それに反応する余裕がなかった。
私は、ネアの。思い出した彼の名を叫びながら、彼の傍に縋りつく。
彼の息は絶え絶えで、きっと意識も朦朧としているのだろう。薄らと開いた眼の焦点が合わない。
頭から、身体の至る所から、擦り傷どころではない多量の血を流す彼の手を握る。
「朔にい! 思い出した、私、思い出したの!」
この声が彼に聞こえているのかは分からない。
ごめんなさいと言いたいのに。ありがとうと伝えたいのに。
私の喉は、粘土でも詰まったかのように動かず、嗚咽だけが漏れている。
「朔にい」
詰まった言葉がようやく絞り出される。
けれど、私の口が紡いだ言葉は、ごめんなさいでも、ありがとうでもなくて。
「お願い、生きて」
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