魔法のシロップ屋さん

シロップ屋さんのポーションは飲みやすいと評判です
宇波
宇波

思い出はティーシロップに溶かして 17

公開日時: 2022年6月4日(土) 09:00
文字数:1,716

 戦場の熱量と砂埃を交えた、熱の籠った風を切って走る。

感覚が冴えてくる。

周りの雑音、邪魔な映像。全部取り払い、ただその存在が鮮明に映る。

 

 ただ、ひたすら真っ直ぐに突き進む。

その存在を頼りに。

 

 しかし、それを途中で遮る者がいた。

それは突然、私の目の前を横切って。

 

「……シシさん?!」

「メェちゃん! 避難したんじゃないの?!」

「してないです!」

「嘘だろ、おい。ネアが避難しただろうって言ってたから安心しきってたじゃねーか」

 

 慌てたように早口で独り言を捲し立てる彼のその手には、空っぽの手提げ袋。

 

「買い物ですか!」

「この状況で?!」

 

 彼は違うと首を振る。

 

「支援物資を取りに行くの! 特にポーション! いくらあっても足りないんだよ」

「そういえば人手が足りないだろうって聞きました」

「かき集められた分はそのまんま使えるけどね。俺は支援物資を前線に届ける役割で動いてるんだよ。メェちゃんは?」

「私は……」

 

 私が言葉を紡ぐ前に、訳知り顔でシシさんの顔がにやついた。

 

「ネアか」

「ち! ……がくないですけど。届け物です」

「そうか。……なあ、メェちゃん」

「なんですか」

「支援物資運搬係、やらない?」

 

 何を言われたか分からず、きょとんとする。

そんな私に、彼は畳みかけるように捲し立ててくる。

 

「メェちゃん、身軽だし、全然いけるでしょ。前線に持って行くって言っても、ちゃんと前線の一歩手前に補給ポイントがあるから、そこに置いてこればいいだけだからさ」

「……シシさん?」

「それにほら、運搬係なら……。……惨い光景も見なくて済むだろ?」

 

 彼は何故か、私を行かせたくないように見えた。

そのことに、私はひどく不安に駆られる。

 

「シシさん」

「あ、俺、ちょっと用事があったんだ! だからちょっとの間代わってくれるだけでも……」

「シシさん!」

 

 怒鳴り声にも近い静止の声に、ようやく彼の言葉が止まる。

その顔は、情けないほどに泣きそうで、それでいて悔しそうだった。

 

「……俺じゃダメだった」

「ダメって、何がですか」

「アイツの助けには、これっぽっちもなれなかった」

 

 シシさんは顔を手で覆い、その場に蹲ってしまう。

私はしゃがみ、彼と目線を合わせる。

 

「シシさん。何がありましたか」

「メェちゃん。どうしてネアに会いたいの」

 

 質問に質問で返され、眉を上げる。

しかし、彼は至って真面目な問いかけをしているようで。

だから私も、真面目に返す。

 

「私、ネアたちに酷いことしてたんです。だから、謝りに行かなきゃ」

「そっか、そっかぁ」

 

 シシさんは目元を擦る動作をする。

 

「それなら、急げよ」

 

 シシさんの指さす向こう。

ネアの映像が見えるところ。

私はその光景に、唖然とした。

 

「もう、手遅れになるかもしれないから」

 

 息を呑む。同時に駆けだす。

存在だけが大きくて、それがどうなっているのか、そこに意識が全くと言っていいほどに、向かなかった。

ようやく。これだけ近くなってからようやく、その存在の現状を把握するなんて。

 

 その場所に辿り着く。

そこで見たのは、たくさんの人が、巨大な石像に向かって武器を向けている光景。

その中に、必死になって大剣を振るう雄大兄ちゃんの姿。

彼は何かを守るように壁となり、その攻撃を一身に受けては、それを守っている。

 

 彼の背後に庇われていたのは、傷だらけになり、地に伏している人。

最近陽夏に前髪を切られ、目の前が落ち着かないと言っていた彼。

その彼が、地面に倒れている。

私は叫んだ。

 

「朔にい!」

 

 私の声に、雄大兄ちゃんが振り返った気がした。

しかし、それに反応する余裕がなかった。

私は、ネアの。思い出した彼の名を叫びながら、彼の傍に縋りつく。

 

 彼の息は絶え絶えで、きっと意識も朦朧としているのだろう。薄らと開いた眼の焦点が合わない。

頭から、身体の至る所から、擦り傷どころではない多量の血を流す彼の手を握る。

 

「朔にい! 思い出した、私、思い出したの!」

 

 この声が彼に聞こえているのかは分からない。

ごめんなさいと言いたいのに。ありがとうと伝えたいのに。

私の喉は、粘土でも詰まったかのように動かず、嗚咽だけが漏れている。

 

「朔にい」

 

 詰まった言葉がようやく絞り出される。

けれど、私の口が紡いだ言葉は、ごめんなさいでも、ありがとうでもなくて。

 

「お願い、生きて」

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