魔法のシロップ屋さん

シロップ屋さんのポーションは飲みやすいと評判です
宇波
宇波

魔法使いのダークチェリー 14

公開日時: 2022年5月24日(火) 15:00
文字数:2,329

 夏の朝は早い。

いつもよりも早めにセットした目覚まし時計を止めると、窓にはもう燦燦と明るい青空が広がっている。

この一瞬の時間を逃せば、夏は持ち前の暑さで猛威を振るう。

私は涼しいこの時にある程度やることをやれるよう、まずはパジャマを脱いで私服に着替えた。


(今日はおねえちゃんのポーションづくりのお手伝い……。朝一で協会からナオリ草が届く予定だから、裏口の鍵を開けておいて……)


 協会からの配達員は毎回変わる。

というのも、配達員と定義付けられた職種の人がいるわけではなく、その時その時で予定の合う探索者に依頼しているからなのだとか。


 普通に郵送会社を使えばいいのに、と思ったことも一度や二度ではない。

けれど、郵送会社を使うには危険なものも時折混ざっているため、協会発送のダンジョン素材は、基本的な知識を得た専門職が運ぶことになっているのだそう。

どうしても予定の合う探索者の都合がつかなかった場合は、協会の人が配達の業務を請け負うらしいが、業務量が増えるために進んでやろうとする人は滅多にいないらしい。


「今日、少し早めに起きれたから、もしかしたらおねえちゃんよりも早起きかもなー」


 鼻歌交じりで部屋の扉を開ける。

開けた先、そこは惨憺たる惨状が広がっていた。


「おねえちゃん?!」


 作りかけのポーション、無残に潰されただけの果物……。

ポーションの瓶から零れ出ている正体不明の液体。床にも何らかの液体が流れ落ちており、ログ床に染みを作っている。

その惨状を助長するように、瓶も割れて床に散乱している。

姉は荒れ果てた室内の、液体が垂れ流しになっている床に、携帯を片手に倒れ込んでいた。


 いつも使っている車椅子は落ちたはずみなのか、少し遠くの方でぽつりと佇んでいる。

強盗でも入ったのか? そんなことを想起させてしまう、ともすればダイイングメッセージでも書かれていそうなその惨状に、私は悲鳴を飲み込んで姉のもとへ駆け寄ろうとする。

すると、タイミングがいいのか悪いのか、裏口からチャイムが鳴った。


「探索者協会から届け物だ」


 敬語が全く使われていない、フランクな言葉遣い。

私はその声に聞き覚えがあった。


「ネア!」

「メグか、どうした」

「助けて、ネア!」


 私の尋常ならざる様子に異変を察知したのか、ネアは持っていた箱を裏口玄関の中に入れると、靴を無造作に脱ぎ中へと入ってきた。


「うわ、これはひどいな」

「朝起きたらこんな感じで……! おねえちゃんが」

「ちょっと失礼」


 ネアは姉の近くへ向かい、脇に手を差し入れる。

そのまま抱き寄せるようにして身を起こさせると、私はようやく、姉が息をしていることを確認した。


「気を失っているだけみたいだ」

「よかった……」


 ほっと胸を撫で下ろす。

ひとまずベッドに運んでもらおうと口を開きかけると、姉の目がぱちりと開く。


「おねえちゃん、起きた? 大丈夫?」


 安否を確認するために顔を覗き込む。

顔の血色は普段と同じ……よりはほんの少し青褪めて見える。

クマが深い。徹夜したんだろうな、と簡単に推測できてしまう濃さだ。


 姉は身動ぎする。

かっさかさに擦れた声を、その細い喉奥から絞り出し、ようやく一音。


「マ」

「ま?」


 聞き返す。

すると、姉は私たちが目に入っていないのか、烈火のごとく怒りだした。

……私が聞いたこともない、どすの聞いた声で。


「マジふざけてんなぁ!! あの【自主規制ピー】野郎がよぉ!!」

「おねえちゃんどうしたの?! 今日お口悪い日なの?!」


 焦る私、荒れ狂う姉、訳知り顔のネア。

ネアは腕を組み、後方解説おじさんの如く頷いた。


「高校時代のカナタ再び」

「ネア、どういうこと?」

「高校時代のカナタはな……。ヤンキー優等生だったんだよ……」


 ヤンキー優等生とは。

思わず真顔で聞き返すと、ネアは解説してくれる。

私の知らない姉のこと。


「成績優秀、人当たりもよく、教師たちの信頼も厚い。本人は辞退したけど、生徒会長の候補として上がるほどに」


 ネアは遠き日の思い出を語る目をしている。

つまりは、懐かしそうな遠い目。


「だけどな、反面、カナタは喧嘩が強かったんだよ」


 それを言ったネアは何かを思い出したのか、顔色が若干悪くなった。


「カナタ、あいつは、弱い者いじめをしたとして、地元の不良グループを三つほど潰したことのある伝説を持っているんだ。……ひとりで」


 なにそれ初耳、もっと聞かせて。


「付いた二つ名は、『必殺脚ピッコロあしのカナタ』。あいつ、足技が化け物レベルに強かったんだよ」


 姉の脚は楽器らしい。

ピッコロって、そんなに殺傷能力あったのかしら。

聞いてみると、ヤンキー特有の当て字当て読みなんだとか。


「情けない話だけど、俺と雄大も締められたことがある」

「ふたりは不良さんだったの」


 乾いた笑いを漏らすネア。

私は初耳パートツー。


「高校入学当時、ちょっと粋がっていたことがあってな……。授業バックレて公園の自販機壊して遊んでいたら、カナタに蹴り入れられた」

「ネア、それ器物損壊だよ」

「賠償金は支払い終わったよ。まあ、それで色々あって、カナタとつるんでたって感じだな」


 その色々が気になります。

気になることだらけで頭の中が混乱し始める私を置いて、ネアは懐かしそうな優しい笑みで、続く思い出を語る。


「だから、カナタからメグの紹介があったとき、俺たちエイプリルフールを疑ったよ。あのカナタの妹が、こんなに可愛いはずがないってさ」

「……あれ? ネアってもしかして、私と会ったことがあるの? 私、全然覚えてないんだけど…… 」

「あ、ああ、写真と動画で紹介されたんだよ。わたしの妹可愛いでしょって具合に」

「あ、なーんだ、びっくりしたぁ……。もし忘れてたらごめんなさいしなきゃって」


 思って……。

そう言いながら見上げたネアの顔は、どこか複雑そうな笑みを浮かべていた。

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