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宇波
宇波

魔法使いのダークチェリー 12

公開日時: 2022年5月24日(火) 09:00
文字数:2,251

「いやはや、驚かせてしまったようで誠に申し訳ない!」


 たはー、と快活に笑う、ネアに沈められたこの変態さん。

もとい、名前を薬師戸やくしど 歌麿うたまろと名乗ったこの男性は、筋肉ムキムキから湯気を放出させながら私たちの前に胡坐をかいている。


「驚いたって言いますか、新手の魔物と思ったと言いますか……」

「なんでそんな格好しているんですかー?」


 ある意味禁断の質問を結衣ちゃんからされた歌麿さん。

彼はくっと顎を上げ、頭上を見上げる。

それはさながら、涙をこらえているような。


「聞きますか……?! ワタクシの聞くも涙、語るも涙な半生を……!」

「あ、いや、いいです」

「あれは今から十二年前……!」

「続けるんだ」

「ワタクシ、薬師戸歌麿は、その名の通り、代々薬師を輩出している富山の一門の生まれにございます。ワタクシも例に漏れず、そのような未来を期待され、また、ワタクシも当然のようにその未来を受け入れておりました。……あの時までは」


 今から十二年前、父はまだ小学生だったワタクシをとある場所へと連れて行きました。

その場所とは、父の贔屓にしているお方のトレーニングジム。

ボディービルダーを排出し続けているそのジムで、ワタクシは出会ってしまったのです……!


「筋肉という……目覚めに……!」

(予想以上にくだらなかった)

「それからというもの、ワタクシは来る日も来る日も鍛錬を続け、理想の筋肉を追い求めました。それは進路を決める高校卒業間近となっても変わらなかった……!」

(勉強そっちのけで筋肉ならそれはまずいよ)

「ワタクシは、求められた高偏差値の高校には進学いたしませんでした。代わりに入学しましたのは、偏差値は低めではありますが、ボディビル部のある高校。同士と共に鍛錬に明け暮れる日々! それはもう、充実した日々でしたとも!」


 しかし。

歌麿さんが大仰な動作で悲しむように目を伏せた。

私はこの時点で既に半目になっていたことだろう。


「忘れもしない、ダンジョンが出現したあの日。あの日から一年後、適正職業ジョブ検査が行われたあの時のこと、今でもよく覚えています」


 深刻そうな顔でどこか悲しげに話す歌麿さん。

彼は悲壮な声色で語る。


「ワタクシは一族の期待する薬師のようなジョブは頂けなかった。そのためか、一族から破門、実質的な絶縁状態となりましたのです……」


 予想以上の仕打ちに唖然とする。

名門とはそのような側面があるのだろうか。

だが、歌麿さんはへこたれない。

俯かせていた顔を、希望は前へと言わんばかりの勢いで前へと向ける。


「ですが! ワタクシはムンクというジョブを頂けた! 修道僧の名に恥じぬよう、筋肉のすばらしさを広めるために活動を始めたのでございます! ワタクシの肉体美。それを披露するため、このような装備を身に着けている次第であります!」


 そう叫ぶように言い切った彼は、そうそう、と思い出したように私の手に一枚の布を乗せる。

それはふんわり柔らかな手触りの、白いハンカチ。きっと高級なやつ。


「こちら、お嬢さんのハンケチではございませぬか? ワタクシ、しっかりお渡しいたしましたぞ! ではワタクシは、筋肉のすばらしさを広める旅へと参ります! またどこかで!」


 来た時と同じように砂埃を上げ、勢いよく来た道を戻っていく歌麿さん。

残ったのは呆然とその場に佇む私たちと、見たことも使ったこともない純白のハンカチだけ。


「……修道僧ってことは、ムンクじゃなくてモンクだよね」

「そうだな」

「……私、こんなハンカチ持ってきてないんだけど」

「あたしのでもないですよー」

「……後で、受付に落とし物として渡しておこうね」


 嵐は去った。

なんとも言えぬ疲労感を背に、私たちは下の階へと降りていった。






 そこは結衣ちゃんが絶賛していた通り、美しいという言葉だけでは足りないほどの絶景だった。

壁から生える水晶は光輝き、道を照らしている。

空中に飛びまわるこの光る粉は、もしかするとそこいらに生えているキノコの胞子かもしれない。

胞子を追いかけて頭上を見れば、現実ではありえないほどに大きく浮かぶ、青白い月が顔を出している。

星ははっきりとこの目に映り、時折流れ星が流れる夜空が、私たちを出迎えた。

私は言葉もなく、この幻想的な風景に見入っていた。


「想像以上ですねー……」


 隣からは結衣ちゃんの、感嘆の声が聞こえてくる。

彼女もまた、この景色に魅入るひとりなのかと視線を動かせば、彼女は地面とお話ししていた。


「見てください、依頼品のキノコがこんなに……。あ、あっちにも、そっちにもありますね!」


 ふらふらとキノコにつられて奥へと進んでいく結衣ちゃんの背を追いかけ、翔平さんが駆けていく。


「ごめんね、結衣はSNSと同じくらいキノコに目がなくて。彼女の奇行で迷惑かけてしまうと思うから、とりあえず、この階は別行動でいいかな?」


 ちら、とネアを見上げる。

バッチリ視線が交わった。


「こちらは構わない。そうだな、二時間くらいあれば用事は済みそうか?」

「微妙なところだね。だけど、二時間で引きずってでも止めさせるよ」

「分かった。それなら、二時間後、ここに集合で」

「了解だよ。それじゃ、また後で」


 どことなく意気投合して見える二人が互いに言葉を交わし、それぞれ別の方向へと向かう。

翔平さんは結衣ちゃんを追って。ネアは私の隣へと。


「このフロアに魔の実っぽいものは生えていないが……。少し散策してみるか?」

「うん!」


 別に、結衣ちゃんからデートスポットだと聞いて浮かれているわけではない。

ただ、少しだけ。

こんなにいい雰囲気の場所で少しだけ、期待をしてしまっているだけ。

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