秋には満開に染まっていた紅葉が地面に枯れ落ち、冬の訪れを知らせる道。
私は一人、そこを走っていた。
「はぁっ……! はぁっ!」
肩で息をするようになるほど全力で走る視線の先には、最近自衛隊が先行してしばらく経った、塔型のダンジョン。
塔と言ってもそこまで高い建造物ではなく、精々ビルの五階分くらいの大きさをしたダンジョンは、一言で言えばピサの斜塔真っ直ぐバージョン。
真っ直ぐピサの斜塔を真正面に捉え、私は逸る気持ちを抑えきれずに速度を上げた。
「―――で、だから……」
「それなら……じゃないの?」
「ここからだと……。……お! 恵美! もう来たのか!」
調査隊の面々を交えて真剣な顔を顔をして話し合っている、いつもの三人。
彼らを見付けた私の顔は、分かりやすく明るくなっていることだろう。
息を切らせながら、私は姉に思い切り抱き着く。
「おかえり!」
「ただいま、恵美」
優しい表情を浮かべて抱き留めてくれる姉は、勢いよく抱き着いた私の衝撃を和らげるためか、その場でくるりとターンをする。
私は興奮したまま、姉の顔を見上げる。
「ねえ! 今日のダンジョンはどうだったの? 教えて!」
「はいはい。お話合いが終わった後でね。しばらく待っていてちょうだい」
「はぁい」
渋々と姉から離れ、彼らの会話が聞こえない距離にある木陰に腰を下ろす。
そこから眺める姉たちは、眩く輝いて見えた。
姉たち三人が有志のダンジョン調査隊に入ってから数か月。
初めは無事に帰宅してくれるか不安でいっぱいだった私も、この頃になると戻ってくるその時が楽しみになっていた。
あまりにも毎回、無傷、あるいはかすり傷程度の軽症で帰ってくるものだから、私が当初に抱いていた不安は完全に払拭されてしまったために。
そんな私が彼らの帰還を楽しみにしている理由のひとつが、ダンジョン土産話。
今日はどんなダンジョンだった、こういう魔物がいた、こういう取得物があった……。
機密と言われているものは絶対に教えてくれないが、話してもいい範囲で語られる土産話は、私にとって英雄譚にも等しかった。
(今日はどんなお話があるかな)
ワクワクしながら待つこと十分と数分。
悲鳴にも近い驚愕の声を上げるのは、そのおよそ一分後。
「ええぇっ?! ウソ、おねえちゃん……!」
「本当よ、恵美」
照れながらはにかむ姉の視線は、彼女の隣にいる雄大兄ちゃんへ。
雄大兄ちゃんも兄ちゃんで、だらしなく頬を緩ませて頭を掻いている。
驚愕したのは単純明快。
どうやら、傍目に見ていても好意の塊でもあったのに、中々思いを伝えなかった雄大兄ちゃんが、とうとう姉に告白したらしい。
以前からそれとなくアプローチを受けていたことは勘付いていたが、はっきりと言葉に出さなかったためにそこから進展しようと考えていなかった姉は、今回の告白を受けてお付き合いをすることになったと言う。
「雄大兄ちゃん……! ただのヘタレだと思ってたのに……!」
「おいこら、聞き捨てならないぞ」
羽交い絞めにしてぐりぐりと頭を拳で抑えつけられるが、痛くない範囲で手加減していることが分かるから、私も安心してキャッキャとはしゃぐことができた。
「キャーッ! 朔にい助けてー」
「ちょ、おまっ! ネアに助けを求めるのは卑怯だるぉぅいってぇ!」
笑ってふざけながら朔にいにヘルプを出すと、雄大兄ちゃんの足元から鈍い音が響いた。
朔にいが脛を蹴った音らしい。
手加減していた雄大兄ちゃんと違って、こちらは結構本気の音がした。
痛みに悶えて蹲る雄大兄ちゃんの腕から、朔にいの腕の中へと移動させられる。
抱き上げられ、高くなった視界の外、下の方から、呻き声と共に恨めし気な声が昇って来る。
「単なるおふざけだろうがよぉ……」
「ああ、すまないな。つい」
てへぺろ。
そんな単語は言葉にしてはいないけれど、その言葉を付け足せば中々シュールな絵面になること間違いなしの真顔で、朔にいは小さく舌を出した。
「もう。じゃれるのはいいけど、恵美に怪我はさせないでね」
姉は困ったように眉を下げて笑う。
それだけなのに、朔にいも雄大兄ちゃんも、さっと顔色が青く変わるのが不思議だった。
「さ、恵美。現地解散だから帰りましょう」
「あ! ダンジョンのお話!」
「帰りながら話すわよ。ふたりもそれでいいわよね?」
「お、おっけぃ……」
「ああ……。問題ない」
歯切れ悪く返事をする二人。
首を傾げる私。
ただひとり、満足そうにしていたのは四人の中で唯一姉だけだった。
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