「いや……。わたし、また醜態を見せちゃったみたいね……?」
荒れ狂う神よ鎮まり給えと私とネアが手を尽くすことしばらく。
ようやく鎮まった姉は、恐る恐ると様子を窺う。
醜態云々のことだろうか。ネアは無言でひとつ、頷いた。
「あぁー! やっちゃったわ……。わたし、恵美の前ではかっこいいお姉ちゃんでいようって思ったのに……!」
「時々繕えてなかっただろ」
「あん? 何か言ったか……しら、ネア?」
「なんにも」
即行で口を噤むネア。
恥ずかしがり続ける姉の手を、私は握る。
「おねえちゃん、私、どんなおねえちゃんでも嫌いにならないよ」
「恵美……!」
「だって、おねえちゃんは私にとってはいいおねえちゃんだもん」
「恵美ぃ……!」
感極まった様子で姉が私を抱きしめてくれる。
薬草のにおいが、やけに鼻に突く。
「それよりおねえちゃん、どうしてあんなことに?」
「それがね……」
姉が語りだすのは、昨日私が寝静まってからのこと。
―――――――
――――
(明日恵美が手伝ってくれるけど、今日の内にある程度糸口を掴んでおきたいわね)
夜中、こっそりと材料を取りだし、ポーションの研究に勤しむカナタには、ある思いがあった。
(恵美に情けない姿は見せられないわ……。だって、わたし)
材料を全て並べ、車椅子の上で腕を組むカナタは叫ぶ。
もちろん、胸の中で。
(わたし、かっこいいお姉ちゃんだもん!!)
妹限定の格好つけたがりの姉。
それが斎藤カナタという女。
カナタは幼いころから、まるでヒヨコのように後を着いてくる五歳年下の妹、恵美のことがかわいくてしょうがなかった。
カナタに対しては反抗期という反抗期もなく、すくすくと健康にそして健全に育った恵美を、カナタは溺愛していた。
それこそ、カナタの高校時代。
恵美と出かけた際に、恵美に勢いよくぶつかり、持っていたアイスを地面に落とさせた不良。
彼の所属するグループを一夜で壊滅に追い込んだり。
ある時は恵美の歩いている横すれすれに、暴走バイクが走り去った勢いで恵美のスカートを捲り上げ、その下着を衆目に晒した暴走グループを、足技一本で服従させたり。
またある時は、カナタを危険視した不良グループが、恵美を誘拐しようと立てていた計画を未遂に終わらせ、企んだ彼らを社会的に抹殺したりと……。
と、このように、恵美を溺愛するシスコン伝説は現役時代、留まることを知らなかった。
現役を退いて尚、カナタの知り合いには、カナタと書いてシスコンと読ませるほどには、その溺愛ぶりは知れ渡っていた。
(先に糸口を掴んでおいて、明日恵美の前で颯爽と作り上げる。恵美の中のお姉ちゃん株はかっこいいに爆上がり。完璧な計画っ!)
取らぬ狸のなんとやら。
カナタの口角はにんまりと、だらしなく上がっていた。
(こうしちゃいられないわ。早速作り始めましょう)
そうして意気揚々と道具を手に、カナタはポーションを作り始めた。
その数時間後。
「えぇー……。なんでぇ……」
カナタはポーションだったものの残骸や、ああでもない、こうでもないと試行錯誤した末の、果物だったものに囲まれ、頭を抱えていた。
「方向性は合っていると思うのに……。果物の種類がダメ? それともシロップじゃダメなのかしら?」
そもそも、果物の選択肢が多すぎるという問題もある。
片っ端から試してみたはいいけれど、これぞとヒットする果物と未だ出会えず。
運命の出会いをしているのかもしれないけれど、その運命の出会いも製法がダメならば全てダメという、まるで雲を掴むような試行錯誤。
原点に立ち返り、いっそシロップから見つめ直そうにも時間が足りない。
空は既に陽が昇り始め、夜闇に赤みが差し始めている。
恵美が目覚まし時計を止め、起きてくる一時間前のことだった。
(ああ、ダメだ、完徹……。一睡もしていないって意識したら、眩暈がしてきたわ……。頭痛い……)
少し仮眠を取ろうか。
それともまだ続けてみようか。
悩んだ末、もう少しだけ。と、眠気を無理矢理追い出す方針で道具を取る。
つまりは根性。
鍋を手に取ったところで、響くのは着信。
カナタの携帯からだ。
「もう、恵美が寝ているのに!」
小声で文句を言いながら、携帯を手に取るカナタ。
発信元は調合師協会の会長。
カナタは文句のひとつでも言ってやろうと、電話を耳に当てた。
『やあやあおはようカナタ君!』
「おはようございます。ご老人は朝が早くて羨ましいですね」
『あれ? もしかして怒ってる?』
「あら、心当たりがおありのようで。今何時だと思ってんですか」
『んーとね、四時半!』
「普通なら寝てる時間だわ。すっこんでろこのすっとこどっこい」
『わぁ、最高に口悪いね! もしかして寝ていた?』
「寝ていねぇんだよ察せや」
恵美が寝ている。つまりは恵美の耳と目はこの状況を通さない。
イコール、カナタはいいお姉ちゃんの皮をかなぐり捨て、ヤンキーカナタが顔を出す。
「単なる雑談だったらテメェんとこの執務室に乗り込んでやるからな」
『わぁ怖い。……え? マジで言ってる?』
「冗談ならそもそも口に出さねェのは知ってんだろ? で? 本当に雑談とかじゃねェよなぁ?」
『違う、違うから! もー、物騒だなぁ』
「さっさと言いやがれ。こちとら眠いんだ」
カナタの眠気が天元突破して変なテンションに支配されそうになっている。
いっそこの電話が終わり次第、仮眠を取ろうかと考え始めたカナタに、会長から能天気な声でこう告げられた。
『んっとね、カナタ君には講習会の講師をしてほしいんだ!』
「……はぁ?」
『カナタ君が持ち込んだレシピは、シロップの使用が不可欠! だけど、育成しようとしている調合師の中にはシロップを作ったことがない人も多い! そこで、カナタ君に講師をお願いしたいんだ!』
会長の説明に、カナタは頭の裏を掻く。
濁った声で、あー。と伸ばしながら、納得したような声を渋々出す。
「……まぁ、言い分は分かる。が。今そっちの無茶ぶりに追われてんだよ」
『魔力ポーションだったよね。飲みやすい』
「そうだよ。そっちに忙しいから今は無理」
『いやぁ、それがさぁ』
バツの悪そう……には聞こえない、会長の悪びれない声。
カナタは嫌な予感を感じ取った。
『既にやりますって予定立てて会場もおさえて、周知しちゃったんだよねぇ』
「はぁっ?!」
『だから、よろしくっ! あ、もし嫌だって言うなら、これ、協会命令で考えてくれてもいいからー』
「んな勝手な……」
『おや、いいのかなー? これを手伝ってくれなければ、ポーションでお願いされたマスコミ各位の件も、レシピを丸投げしたうえで利用料を交渉する件も夢物語で終わっちゃうけどー?』
カナタは盛大に舌打ちをしようとして、恵美が寝ていることを思い出しそれを堪えた。
「くそっ、しょうがねェ。やるよ。いつ?」
『実はねぇ、明後日!』
ぷっつん。
カナタの頭の中で何かが切れ、カナタはそのまま意識を失った。
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