姉が語った、忘れていただけだった物語。
語り終えた直後は朧気だった記憶の映像。
それは今、強い圧迫感を持って、私の頭の中に膨大な量の映像を流し込み続けていた。
ぐるぐると目が回りそうなほどのスピードで再生される、記憶。
それは今まで使っていなかった情報媒体に、データをアップデートする作業に等しくて。
頭がパンクしそうに痛む。
叫び出して、発狂したいほどの情報量が頭の中を巡り続け、私は頭を抱えた。
姉に勧められて飲んだティーシロップのお湯割りも、その場に吐き戻してしまうほどに気持ちが悪い。
目が回る。視界が歪む。世界がひっくり返る。
必死になって戦うのは、記憶か、自分自身か。
あるいは戦いなんて崇高なものではなくて、思い出したいと言った手前、手のひらを返すわけにもいかず、ただ死に物狂いで記憶にしがみついているだけの、見栄やプライドか。
何時間、何十時間とも感じるほどに長い時間、耐えていたように思う。
ある瞬間、私は、ふ、と、その苦しみから解放された。
「恵美。恵美、大丈夫?」
「だい、じょうぶ」
「頭痛いの?」
「ううん、痛みは無くなったよ」
姉が目の前にいる。
心配そうな表情を浮かべて。
あるいはその心配には、不安や期待が重なっているのだろうか。
姉は、震える唇で質問を投げかける。
「わたしは誰かわかる?」
「おねえちゃん。本名は斎藤カナタで、調合師をやりながら、シロップ・メディを経営している」
「あなたの名前は?」
「斎藤恵美。陽夏からはメグって呼ばれてて、盗賊のジョブが適正職業って言われてる。今は高校二年生」
姉の握った拳が震えている。
「……わたしの、元カレは?」
「大久保雄大。……私が、記憶を改ざんして大嫌いって言っちゃった人」
「恵美、ネアってわかる?」
「……」
一拍置く。
息を整えるために。
私は、うっすらと涙の膜を張り始めた姉の目を見る。
「―――うん」
ネア。
「私の盗賊の先輩で、パルクールクラブのクラブ長で」
私ね。
「不愛想に見えるけど、優しくて面倒見がよくて」
全部。
「おねえちゃんの高校時代からの悪友で、私の……」
思い出したよ。
「小さい時からの、初恋の人」
今度は、忘れなかったよ。
「名前は、荒月朔。……朔にいって、呼んでた」
姉の目から、堪えきれなかった涙があふれる。
私はティッシュでそれを拭う。
「思い出した。思い出したよ。全部」
「ええ、ええ……っ!」
「おねえちゃん。私、陽夏だけじゃない。みんなにひどいことをした」
流れっぱなしのテレビの映像。
街の至る所に現れる魔物たち。
際立って大きな魔物も現れており、その様相は怪獣映画を彷彿とさせる。
街の道がアップで映る。
魔物から逃げ惑う人々。避難場所へとなだれ込む人々。
その中に、彼らと逆行してまで、魔物に向かっていく人々がいた。
「私が勝手なことをしなければ、調査隊の人たちが危険な魔物と相対しなくて済んだかもしれないし」
彼らは皆一様に武器を手に取り、逃げる人たちの殿に立つ。
そこが砦と言わんばかりに振るう武器は、人々を脅かす魔物の命を絶っていく。
「おねえちゃんが私を庇って、脚を無くすこともなかった」
魔物に立ち向かう人の背後で、小さな子供が脚を取られて転ぶ。
泣き喚く子供に手を貸したのは、知った面影のある白い肌の女性。
「雄大兄ちゃんに大嫌いって言って傷つけることもなければ」
屋根の上に、見知った顔。
ウェーブを描く黒髪を風に靡かせ、彼は携帯を耳に当てている。
「……ネアを二回も忘れて、傷つけることだって、無かったと思う」
姉の携帯電話が鳴る。
まるで、通話相手は彼だと言いたげなタイミング。
姉は携帯を取る。
耳を当てて、突然、驚いた風に声を上げた。
「雄大が、スタンピードの鎮静化を図りに、病室から脱走した……?!」
映像の街。
その遠くに見える巨大な魔物が、咆哮を上げて、家々を巻き込みながら倒れた。
「私、謝りに行ってくる」
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