ジュースが入っていた空のカップは既にゴミ箱へと放られ、私たちは相も変わらずの親子スタイルで人込みを歩く。
ネアの持っている買い物かごには、いくつかの果物が入っている。
「珍しい果物、結構あったね」
「そうだな。しかも、ダンジョン産の果物まで入っているとは思わなかった」
イチゴやブドウなんかの、店でよく見る果物の他に、群を抜いて高価な果物が並べられている所があった。
それは高級果物を除けば、ほとんどがダンジョン産の果物とのことで。
「でも、結構売れていたね」
「普通に買うよりも、仲介業者がいない分安くなっているからな」
例えば普通に購入すれば凍結イチゴ一パック五万円とかするところ、この市場では三万円とかで売られている。
「あの人たち、探索者なのかな?」
「そうかもしれないな。食品採取専門の探索者がいるから、そういうやつらだろう」
とはいえ、予算もあるために、そんなダンジョン産の果物はそう易々と買えないわけだけど。
「……うん? おい、メグ」
「なぁに?」
「メモの、魔の実とかナオリ草って、これ、魔力ポーションの材料じゃないのか?」
「あー、うん。在庫がね、少なくなっていたから買わないとって」
ナオリ草はともかく、魔の実はこれだけのラインナップを見る限り、ありそうな気もする。
そんなことをネアに言えば、考え込むポーズのネア。
固まってしまった彼を横目に、私は次向かう屋台の目星を付けるため、辺りを見渡す。
「あれ?」
すると目に入るのは、見慣れた顔をした女の子。
「結衣ちゃーん!」
大声で呼べば、振り向く彼女。
その顔に大きく笑みを浮かべ、私の方へと走り寄って来る。
「恵美さん!」
「なんか久しぶりな感じがするね」
「そうですね、恵美さんは今日は?」
背中に大きなリュックを背負う彼女は、私の後ろにネアがいることに気が付く。
途端、彼女は、にまーと笑み崩れた。
「はっはーん、分かりましたよー」
「多分考えているようなことじゃないよ」
「あたしに隠さなくってもいいんですよー? ズバリ、デートでしょう?」
「違うって。単純にお遣い」
「えー?」
どこか不満げな顔をする彼女は、上から下まで見まわして、私の服装をチェックする。
「こんなにオシャレしておいて、デートじゃないって無理ありませんか?」
「本っ当に違うんだってば……。そもそも、成人と高校生って事案じゃない」
そんなことをつい漏らしてしまえば、先ほどよりも破顔する彼女の顔。
にやけている、を通り越して表情筋がだらしなくなっている結衣ちゃんは、私の両手を取る。
「何言ってるんですか恵美さん! 今時、中学生と大学生カップルも珍しくないんですよ?」
「それこそ事案じゃない!」
「プラトニックなお付き合いってやつですよー。誠実なカップルは、相手が成人に近しい年齢になるまで手は出しませんって」
そうじゃない人もいるのは事実なんですけどね。
どこか遠い目をした彼女。思い当たることでもあったのだろうか。
「それに年齢差で見てくださいよ。十歳以上離れている夫婦もいる中で、例えば十七歳とニ十歳、たったの三歳差じゃないですか」
「立場が違うよ。高校生と大学生って、なんだかすごく分厚い壁があるでしょう?」
「そんなに気にするものなんですかね?」
首を傾げる彼女に、私は目を逸らしながらぽつり、呟く。
「私は気にしちゃう」
「どうして?」
「だって……。周りにいる女性って、きっとタイプが違うから」
そこまで言って、ふと気付く。
あれ? これ、ネアに聞かれてない? と。
恐る恐る背後を見れば、何かをまだ考え込んでいるネアの姿。
微動だにしていないその姿を見るに、よっぽど熟考しているのだろうと推察できる。
聞かれていないことにほっとした私は、胸を撫で下ろす。
と、同時に、きっとにやけているであろう結衣ちゃんの対応をどうしようかと振り向けば、予想通り、とても嬉しそうににまにま笑んでいる彼女の顔。
「いやぁ、恵美さん、乙女ですねー」
「結衣ちゃん、顔すごいことになってるよ」
「あたしの周りにもいないタイプで……。とっても可愛いですよぅ、恋する乙女!」
「結衣ちゃん。声大きいって」
「うんうん、意気地なしにはもったいない」
「私の声聞こえてる?」
ひとりで納得し、ひとりで話し続けている彼女の顔面で手を振る。
多分これ気が付いていないやつ。
「結衣、ちゃんってば!」
パァン!
ひとつ、強めに顔面前で手を叩く。
猫だましを繰り出した私に、肩を跳ねさせてようやく彼女はこちらを見た。
「あ、すいません、つい」
「もう……。別にいいんだけどね。それよりも、結衣ちゃんはなんでここに?」
「あれ? 恵美さんも同じ目的だと思ったんですけど」
「目的? 私たち、果物買いに来たけど……」
「あ、知らなかったんですね。実は、ここでちょっとしたイベントがあるんですよ」
「イベント?」
私が首を傾げると同時に、再起動をするネア。
「メグ、思い出した。今日、ここでダンジョン開放イベントがあるんだ」
「ダンジョン開放イベント?」
視線を結衣ちゃんに向ける。
彼女は大きく頷く。
「そうなんです! 普段、探索者協会の意向で解放されていないダンジョンを、期間限定で一般探索者にも開放されるイベントがあるんです!」
「なんでも、今回解放されるダンジョンは食材が豊富なんだとか言っていたな。すっかり忘れていた」
「それもですけど、それだけじゃないんです!」
彼女は得意げに胸を張る。
果たして彼女の言う、それだけじゃないこととは。
「あのダンジョンの中には、とても幻想的な景色を見られる階層があるらしいんです! 探索者協会が資料として写真を添付していたんですけれど、本当に美しくて、カップルのデートスポットにちょうどいいとまで囁かれているんですよ!」
カップル。デートスポット。
それを念頭に置きながら周囲を見てみると、たしかに人込みの中に、探索者らしき装いの人たちが見られる。
その人たちを見ていると、やけに恋人らしき人たちが目に付く。
もしかして、あのジュース屋さんがカップル割りを適用していたのって。
「だからっ! デートじゃないんだってばぁっ!」
広場に私の叫び声が響いた。
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