魔法のシロップ屋さん

シロップ屋さんのポーションは飲みやすいと評判です
宇波
宇波

思い出はティーシロップに溶かして 19

公開日時: 2022年6月4日(土) 15:00
文字数:1,832

 ほんのりと薄い緑茶のような味。

それは朔にいが口にしたものの名残なのか、ポーションの味なのかは分からない。

ただ、一つだけわかることは、朔にいの喉が嚥下したあと、彼の身体に変化が起こったということ。

 

 あっという間になんて言葉には当てはまらず、徐々にではあるものの、彼の傷が回復に向かっていった。

損傷を受けた内臓が塞がっていったのか、流れる血の量が少なくなる。

その血を封じ込めるように、骨が再生し、その骨を筋肉が覆い始める。

筋肉に脂肪が纏わりつき、それはまるで、骨になっていく身体を逆再生で見ているかのよう。

 

(すごい)

 

 実際に上級ポーションを使ったこともなければ、使った現場も見たことはなかった。

ただ、朔にいが再生している、その神秘にすごいと思う。

 

「飲んだか?!」

 

 雄大兄ちゃんの声がする。

離した唇から、思い切り叫び声を上げる。

 

「飲んだよ!」

「よし!」

 

 その言葉を聞き、雄大兄ちゃんは飛び出していく。

目指すは天使の石像へ。

石像は自身の身体を破壊せんとちょこまか動き回る人間を鬱陶しく思ったのか、残った足で移動しようとしていた。

 

「そいつを動かすな!」

 

 誰かの声がする。

少なくとも、雄大兄ちゃんではないことは確か。

恐らくリーダー格の誰かだろう。

誰でもいい。その声で、足止めしていた人たちが勇んで動き始めたのだから。

 

 天使の石像。それは邪魔者を追い払おうと、無我夢中で腕を振り回す。

それに当たって吹き飛ばされる人がいる中で、果敢に石像へと登って行く人もいた。

 

 両腕は破壊した。翼も片方もいだ。

後は両脚を破壊すれば、少なくとも動き回ることは無くなるだろう。

そう思った矢先、右足の付け根に設置された爆弾が爆発した。

 

 それは最初の左腕と同じく、完全に切り離すことはできなかったが、それで充分だったようだ。

爆弾が抉り取った石像の脚。

打倒石像を目標にしている人たちが、そこに集中攻撃を始めた。

その中には、雄大兄ちゃんの姿も。

 

「……がんばれ!」

 

 思わず声援を送る。

脚を切りつける雄大兄ちゃんの手に、心なしか力がさらに加わったように見えた。

気のせいだったのかもしれないけれど、声援が届いているのなら嬉しいと、そう思う。

 

「……う……」

 

 応援した声が予想外に大きかったのか、それとも周囲がうるさかったのか。あるいは、彼の身体が回復しきったことを意味しているのか。

耳に届く、小さな呻き声。それは今、膝に頭を乗せている朔にいのもので。

彼は薄らと目を開ける。焦点が合わずにぼんやりとしている目が、ぼんやりとしたまま私を捉える。

 

「……これは、夢か……?」

 

 ぼんやり魘されるように言葉を紡ぐ彼は、その割にどこか幸せそうな笑みを浮かべている。

 

「どうしてそう思うの?」

「……メグが、俺の名前を呼んだ気がしたんだ」

 

 それは問いかけているのが、『メグ』だとは夢にも思っていない声色で。

 

「……随分と、久しぶりだったな」

 

 力のない表情で、それでも嬉しそうに笑うから。

私は彼の耳元に唇を寄せる。

 

「夢じゃないよ」

 

 私の言葉を皮切りに、段々と目の焦点が合って来る。

やがて彼が私の姿を完全にとらえたとき、目が点になるような、現状を把握できていないと言いたげな、どこか情けなくてコミカルな表情を浮かべるから。

私は思わず笑ってしまった。

 

「は……。え? メグ、か? は? どうしてここに……」

「朔にい!」

 

 上半身を急いで起こした彼に、飛びつくように抱きつく。

殊更慌てたように彼が私を抱き止めた時、石像のいた方向から、瓦礫が崩れる大きな音。

それから、咆哮にも近い歓喜の声が上がる。

 

「天使の石像! 討伐完了!!」

 

 誰かが上げた勝鬨に、地面が揺れるほど大きな声があちこちから響いてくる。

近くの崩れた元民家。その瓦礫に埋もれているラジオから、ニュースキャスターの声が響いてくる。

 

『現在発生しているスタンピードですが、いくつかの地域が沈静した模様です。沈静した地域の方の帰宅ですが、避難場所の指示に従い、安全が確保されてから行ってください。スタンピードが沈静した地域は―――』

 

 読み上げられる地域名。

それは、私の住む街の、スタンピードが収まったことを知らせていた。

 

 沸き立つ周囲。

近くにいても、よく耳を澄ませなければ聞こえない雑音の中で、私は朔にいの耳元に口を寄せ、大きな声で彼に伝える。

 

「朔にい! 私、朔にいのことが好き!」

 

 弾かれたように顔を上げる朔にいの目には、きっと私の顔が映っていることだろう。

大声で叫んだ言葉に驚き、目を大きく見開く朔にいに、私は満足げな笑顔を浮かべて見せた。

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