私は朔にいの手に縋りながら、ようやく、雄大兄ちゃんの方を見る。
彼は驚いた、という感情と、嬉しい、だとかいう感情がない交ぜになった、複雑な表情を浮かべている。
彼が口を開こうとする。
私はそれを遮った。
「雄大兄ちゃん」
「恵美」
「……今までごめんなさい」
思い出したのか。
声にならない声で唇を動かした彼に、私は無言で首肯する。
手は震えすぎて大剣を取り落としそうになっている。
苦笑しながらそれを教えれば、彼は慌てて握り直す。
「そうか。……そうか……!」
よかったと。そう言葉にして伝えられて、今更ながらなぜこの人は、途中で私を見放さなかったのか不思議になった。
「雄大兄ちゃん。朔にいは……」
しかし、それを聞くのは後回しにした。
私は段々と脈が弱くなっているような気がする、朔にいのことを雄大兄ちゃんに尋ねる。
彼は悔しそうに歯噛みしながら、石像を見上げる。
「アイツに刺された。……ごめんな、恵美。俺を庇って刺された」
彼の言葉に、私は上を見上げる。
まるでうるさい蝿を追い払うように手を振り上げ、横薙ぎに平手打ちをするその石像に、空中で陣を取っている人たちが薙ぎ払われていく。
人間は蚊か何かかと言いたげに、石像に取りついた人々を潰さんと、手の平で己の体中を叩いている。
所々に見える赤い染みは……。あまり考えたくはない。
皮肉にも、その石像は天使の姿をしていた。
それの持つ大剣は雄大兄ちゃんと比べ物にならない程に大きく、朔にいはそれの先っぽに貫かれたという。
身体が千切れていなくてよかったと、悔し紛れにそんなことを思ったのだと、雄大兄ちゃんは語った。
「前線のポーションは足りない。そもそも、低級ポーションくらいじゃ、コイツの容体は回復しない。だから、なんて言ったかな、パルクールクラブの……」
「シシさん?」
「そう、シシ。アイツに取りに向かってもらってる。……間に合うかは、分からないけどな」
何もできない無力さを噛みしめながら、雄大兄ちゃんは大剣を振るっている。
まるでその苛立ちをぶつけるように、飛来する流れ弾を打ち落としている。
「光魔法の使い手は?!」
「いるけど、あっちこっちで引っ張りだこだ! 今待機場にはいないってさ!」
耳を劈く爆発音がする。
どうやら石像の左肩、その付け根を爆破した音らしい。
完全に落とすことはできなかったが、既に機能しないも同然の左腕を、石像はぶら下げている。
「これ、倒せるの……?」
「作戦としては、あの石像の部位破壊をして、最終的に分解する。そのために、爆破するやつと、全力で足止めするやつに別れているんだ」
「足止めする方だったんだね」
「そうだよ。流れ攻撃に当たってこのありさまだけどな」
「それ、なんて自虐?」
冗談めかしてそう言えば、彼も笑い返してくれる。
しかし、気が気ではなかった。
気を紛らわせるために、こうして喋ってはいるものの、朔にいの脈が段々と弱まってきているのが分かるから。
「どうしよう、もう、脈が」
「祈れ、恵美。祈るしか、できることは無い」
「誰に? あの天使像に?」
「ははっ。随分な皮肉だな」
雄大兄ちゃんが空笑いをした時、ふと、姉の顔が浮かんだ。
(そう言えば私、朔にいに届け物を頼まれた体でここに来たんだった)
ああ、そうだ、思い出した。
「雄大兄ちゃん」
「なんだ!」
「朔にい、もしかしたら助かるかもしれない」
「は?!」
そう言ってポーチから取り出したのは、一本の透明な瓶。
その液体に、戦場の真っ赤な曇り空が揺れるのを見て、雄大兄ちゃんの目が見開かれる。
「恵美、それ」
「……おねえちゃんから、お届けものです」
「カナタっ!」
取り出したのは、上級ポーション。
朔にいへの配達物。
コルク栓を抜きとり、何とかして彼に飲ませようとする。
しかし、最早意識もないのか、頭を持ち上げその唇に当てても、飲み込む気配がない。
私は焦る。こうしている間にもタイムリミットが来てしまうかもしれない。
「雄大兄ちゃん!」
「どうした!」
「これ、傷口にかけても効く?!」
天使石像の方から、殊更大きな飛来物。
右肩が爆破された、その時の欠片が、成人男性くらいの大きさで迫って来る。
雄大兄ちゃんはそれを、大剣で打ち落とす。
勢いが強かったのか、飛来物は粉々に砕けて地面へ落ちた。
「……そこまで来ていると、飲ませないと危ないかもしれない。かけると外側の傷から回復するけど、中身の回復に時間がかかる、からっ! なっ! オラァッ!」
再びの飛来物。
今度は右の翼が落とされた。
左腕が落ちてから、とんとん拍子で解体が進んでいる。
「何とかして飲ませられないか!?」
「もう意識もなくて! 自力で飲み込めないみたい!」
どうしよう、どうしようと慌てる意識は、私に普段なら考えつかない突拍子もない行動を取らせてしまう。
私はポーションを一気に口に含む。
「お、おい?」
戸惑ったような雄大兄ちゃんの声を無視して、私は朔にいに顔を近付ける。
(お願い、飲んで……!)
朔にいと私の唇が合わさる。
ポーションが喉の奥に押し込まれ、朔にいの喉がこくりと動いた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!