魔法のシロップ屋さん

シロップ屋さんのポーションは飲みやすいと評判です
宇波
宇波

思い出はティーシロップに溶かして 18

公開日時: 2022年6月4日(土) 12:00
文字数:2,035

 私は朔にいの手に縋りながら、ようやく、雄大兄ちゃんの方を見る。

彼は驚いた、という感情と、嬉しい、だとかいう感情がない交ぜになった、複雑な表情を浮かべている。

彼が口を開こうとする。

私はそれを遮った。

 

「雄大兄ちゃん」

「恵美」

「……今までごめんなさい」

 

 思い出したのか。

声にならない声で唇を動かした彼に、私は無言で首肯する。

手は震えすぎて大剣を取り落としそうになっている。

苦笑しながらそれを教えれば、彼は慌てて握り直す。

 

「そうか。……そうか……!」

 

 よかったと。そう言葉にして伝えられて、今更ながらなぜこの人は、途中で私を見放さなかったのか不思議になった。

 

「雄大兄ちゃん。朔にいは……」

 

 しかし、それを聞くのは後回しにした。

私は段々と脈が弱くなっているような気がする、朔にいのことを雄大兄ちゃんに尋ねる。

彼は悔しそうに歯噛みしながら、石像を見上げる。

 

「アイツに刺された。……ごめんな、恵美。俺を庇って刺された」

 

 彼の言葉に、私は上を見上げる。

まるでうるさい蝿を追い払うように手を振り上げ、横薙ぎに平手打ちをするその石像に、空中で陣を取っている人たちが薙ぎ払われていく。

人間は蚊か何かかと言いたげに、石像に取りついた人々を潰さんと、手の平で己の体中を叩いている。

所々に見える赤い染みは……。あまり考えたくはない。

 

 皮肉にも、その石像は天使の姿をしていた。

それの持つ大剣は雄大兄ちゃんと比べ物にならない程に大きく、朔にいはそれの先っぽに貫かれたという。

身体が千切れていなくてよかったと、悔し紛れにそんなことを思ったのだと、雄大兄ちゃんは語った。

 

「前線のポーションは足りない。そもそも、低級ポーションくらいじゃ、コイツの容体は回復しない。だから、なんて言ったかな、パルクールクラブの……」

「シシさん?」

「そう、シシ。アイツに取りに向かってもらってる。……間に合うかは、分からないけどな」

 

 何もできない無力さを噛みしめながら、雄大兄ちゃんは大剣を振るっている。

まるでその苛立ちをぶつけるように、飛来する流れ弾を打ち落としている。

 

「光魔法の使い手は?!」

「いるけど、あっちこっちで引っ張りだこだ! 今待機場にはいないってさ!」

 

 耳を劈く爆発音がする。

どうやら石像の左肩、その付け根を爆破した音らしい。

完全に落とすことはできなかったが、既に機能しないも同然の左腕を、石像はぶら下げている。

 

「これ、倒せるの……?」

「作戦としては、あの石像の部位破壊をして、最終的に分解する。そのために、爆破するやつと、全力で足止めするやつに別れているんだ」

「足止めする方だったんだね」

「そうだよ。流れ攻撃に当たってこのありさまだけどな」

「それ、なんて自虐?」

 

 冗談めかしてそう言えば、彼も笑い返してくれる。

しかし、気が気ではなかった。

気を紛らわせるために、こうして喋ってはいるものの、朔にいの脈が段々と弱まってきているのが分かるから。

 

「どうしよう、もう、脈が」

「祈れ、恵美。祈るしか、できることは無い」

「誰に? あの天使像に?」

「ははっ。随分な皮肉だな」

 

 雄大兄ちゃんが空笑いをした時、ふと、姉の顔が浮かんだ。

 

(そう言えば私、朔にいに届け物を頼まれた体でここに来たんだった)

 

 ああ、そうだ、思い出した。

 

「雄大兄ちゃん」

「なんだ!」

「朔にい、もしかしたら助かるかもしれない」

「は?!」

 

 そう言ってポーチから取り出したのは、一本の透明な瓶。

その液体に、戦場の真っ赤な曇り空が揺れるのを見て、雄大兄ちゃんの目が見開かれる。

 

「恵美、それ」

「……おねえちゃんから、お届けものです」

「カナタっ!」

 

 取り出したのは、上級ポーション。

朔にいへの配達物。

コルク栓を抜きとり、何とかして彼に飲ませようとする。

 

 しかし、最早意識もないのか、頭を持ち上げその唇に当てても、飲み込む気配がない。

私は焦る。こうしている間にもタイムリミットが来てしまうかもしれない。

 

「雄大兄ちゃん!」

「どうした!」

「これ、傷口にかけても効く?!」

 

 天使石像の方から、殊更大きな飛来物。

右肩が爆破された、その時の欠片が、成人男性くらいの大きさで迫って来る。

雄大兄ちゃんはそれを、大剣で打ち落とす。

勢いが強かったのか、飛来物は粉々に砕けて地面へ落ちた。

 

「……そこまで来ていると、飲ませないと危ないかもしれない。かけると外側の傷から回復するけど、中身の回復に時間がかかる、からっ! なっ! オラァッ!」

 

 再びの飛来物。

今度は右の翼が落とされた。

左腕が落ちてから、とんとん拍子で解体が進んでいる。

 

「何とかして飲ませられないか!?」

「もう意識もなくて! 自力で飲み込めないみたい!」

 

 どうしよう、どうしようと慌てる意識は、私に普段なら考えつかない突拍子もない行動を取らせてしまう。

私はポーションを一気に口に含む。

 

「お、おい?」

 

 戸惑ったような雄大兄ちゃんの声を無視して、私は朔にいに顔を近付ける。

 

(お願い、飲んで……!)

 

 朔にいと私の唇が合わさる。

ポーションが喉の奥に押し込まれ、朔にいの喉がこくりと動いた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート