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宇波
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凍結イチゴの納涼依頼 13

公開日時: 2022年4月14日(木) 11:00
文字数:2,023

「恵美さん!」

「メグ! どうした?!」


 思わず悲鳴を上げてしまった私に、真っ先に駆け寄ってきたのはネア。

続いて、近くにいた由人さんがケガは? と確認しながら近寄ってきた。

一番初めに、心配そうに名前を呼んでくれた結衣ちゃんは、距離の問題か、一番最後に駆けつけてくれた。


 しかし、私はそんな心配そうな面々に返事を返すこともできず、ただ一点を見つめて放心していた。

その一点を確認した彼らは、さっと顔色を変える。

大久保雄大は、結衣ちゃんの目を両手で塞いでいた。


「これはぁ……。グロいわねぇ……」

「初心者が無理を押して実力不足な階層まで来ちゃったのかな」

「いや、この時計には見覚えがある。雄大も覚えているだろう?」

「あ? ……ああ、一緒にパーティー組んだやつがそんなの付けてたな」

「どこを攻略しに行ったの」

「東京の火のダンジョン」

「上級者向けのダンジョンねぇ。入場制限も厳しいところだわぁ」

「そんなところに入れる人が、こんなところで死ぬはずがない、か」


 引率者たちが何事かを話し合っているが、私にはその内容を噛み砕く余裕がない。

ただ、『死』という一単語が、やけに頭にこびりついてしょうがない。


「死んでるの……? その人……」


 擦れた声は、彼らを振り向かせる。

ネアはそっと首を振る。


「あまり見るな」


 そう言って彼の背で視界を隠される。

けれど、たった今見た景色が、瞼の裏でフラッシュバックして止まらない。


 左半身を何者かに齧られて、大きく欠損した遺体。

顔の半分は無く、残った目玉もがらんどうに窪んでいる。

大きく齧られ欠損した部位からは内臓がはみ出ていて、この寒さの中で氷漬けにされている。

グロテスクなオブジェの一種と言われても納得してしまいそうなその遺体は、確かに死の気配を間近に匂わせていた。


「……不味いかもな」

「そうだね。ネア、凍結イチゴは?」

「依頼分は確保済み。余分は二つと、メグの持っている一箱分」

「充分。さっさと退散した方がいいかもね」

「ああ。結衣、今から帰還だ」


 遺体とは真反対の方向に向かされてから手を退けられた結衣ちゃんは、しきりにこちら、つまり後ろを向こうと頑張っていたが、その度に大久保雄大に止められていた。

私も立ち上がろうと頑張ってみるが、どうにも腰が抜けたようで立ち上がれない。

見かねたネアが、持ち上げて担いでくれた。

お米様抱っこ。名称、俵担ぎ。


「女の子にそれはなくなぁい?」

「こっちのほうが動きやすい」


 瀬名さんがネアに文句を言っているが、ネアはどこ吹く風。

お腹に筋肉質な肩がぶつかって、正直言って苦しさを感じている。


「……あ」

「どうした?」

「……あっち、動いてる」


 撤退しようと準備している面々が、私の指さす方を見る。

それは雪に埋もれて真っ白だけど、僅かにもこもこ動いているのが分かる。


 緊張した面持ちで、大久保雄大がその膨らみに近付いていく。

あと一歩でも踏み込めば跳びかかれる位置に来ても、その膨らみは襲ってくる気配はない。

彼は、鞘に収めた大剣の先で、雪を払う。


「人だ!」


 慌ててその場所に戻っていく。

由人さんが真っ先に到着し、倒れている人の様子を見ている。


「どうだ?」

「……ごめん」


 彼が謝る理由が分からなかった。

けれど、ネアが近付いたことで判明する。

倒れていた彼は、へそから下が無い。


「僕の魔法は、欠損部位がすべて揃っていないと回復できないんだ」


 ごめん、ごめんね。

繰り返し謝っている由人さんの肩に、瀬名さんが両手で触れた。


「ぅ、うぁ……」

「……意識が、あるのか?」


 この状態になってもまだ意識があることに、ネアが驚いている。

苦しいだろうに、倒れている彼は、最後の力を振り絞ったといわんばかりに、細く擦れた声で必死に伝えようとしてくる。


「あ、いつ、が……。あいつが……出て……。……んで、こんな、とこ……に……」

「あいつって、あいつってなんだ?!」


 大久保雄大がさらに近付いても、彼は何も言わない。

由人さんが首を振る。


「……楽になったんだよ」


 死んだのか。

目の前で人が死んだことに、少なくないショックを受けている自分がいる。


「……ネア、降ろして」


 ネアに降ろしてもらう。

もう、腰は抜けていなかった。


 既に遺体となった彼の目を閉じる由人さんの、その足元の雪を払う。


「恵美ちゃん、どうしたの」

「……これ」


 きっと、この人の持ち物であろうロケットペンダントが、雪の下から顔を出す。

銅色のそれは、触るだけで皮膚が張り付きそうなほどに冷えている。


「これ、家族か恋人かな」


 遺体となったその人と一緒に写る女性の、仲睦まじいツーショット。

私はそれをそっと閉じる。


「遺品として持って行ってやろうな」

「言われなくても。持って行くし」


 大久保雄大に優しく言われてしまい、私は顔を逸らす。

結衣ちゃんがツンデレとか言っていた。

あとでお話合いをしよう?


「……何か来る」


 そのロケットペンダントをポーチにしまおうと開けた瞬間、ネアが呟いたその言葉。

やけに大きく響くその声に被さるように、地面が大きく揺れた。

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