魔法のシロップ屋さん

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宇波
宇波

思い出はティーシロップに溶かして 12

公開日時: 2022年6月3日(金) 09:00
文字数:1,620

「謝りにって、どうやって……?」


 姉の表情に訝しげな色が浮かぶ。

私はテレビの中の映像に指をさす。


「いるの。分かるの」


 倒れた魔物のいた位置。

そこに雄大兄ちゃんがいることが分かる。見える。


「多分、ネアも分かっている」


 感覚が研ぎ澄まされている。

ゾーン状態とでも言えばいいのだろうか。

今まで見えていなかったものが、今まで見えなかった範囲が、ハッキリと見えてくる。


 白いモヤの中に、目的の人々が、鮮やかな色彩を伴って脳裏に映る。


 見慣れない肌色の見慣れた友人は、避難民たちの誘導を手伝っている。

水の魔法をうまいこと使って誘導道を作ったり、質量で押し寄せようとする魔物と避難民の間にクッションを作ったり、魔法の使い方がものすごく上達しているように見える。


 つい先程まで眠りについていたはずの男は、勇ましい叫び声を上げながら大剣を振るう。

起き上がったばかりなのにどこにそんな力があるのかと、驚きしかない。


 屋根の上を忍者のように飛び移る彼は、真っ直ぐに彼の悪友の元へと向かっている。

距離にして残り百メートルくらい。焦っているようにも見えるけれど、その行動は至って冷静に、合理的な道を選んでいる。


 家の外が一層騒がしくなってくる。

避難する人々が、この辺りにまでやって来たのかもしれない。

店の扉が、壊れるのではないかというくらい強く叩かれる音がする。


「避難係です! まだ家にいる人は避難してください! 動けない人は係りの者が手を貸します!」


 家の中に入ってくることもなく、その声は外から聞こえてくる。

逃げ遅れている人たちに向けてのものだろう。

私は姉に向き合う。


「おねえちゃん、避難して」

「するわ。恵美もよ」


 姉の手は私の手を、縋るように掴んでくる。

私は首を横に振り、その手をそっと解いた。


「私はみんなに会ってくる」

「恵美、あなたはまだ高校生だから、緊急時に行かなくてもいいのよ。成人していても行かない人もいるんだから」


 テレビに視線を向ける。

ちょうど、陽夏が映ったところだった。

彼女は汗を浮かべながら、杖を誘導灯のように振っている。

その杖には、花が咲きかけている。

刻まれた絵の花ではなく、杖の頭に、蕾の形が咲いている。


「……陽夏に、魔石を渡してこないと」


 それだけで、魔法が随分と使いやすくなるだろう。

そう考えを述べれば、姉は苦い顔で、それだけよ。などと言う。


「それが終わったらすぐ避難しなさい。避難誘導にあたっているなら、避難民と一緒に避難できるでしょう」


 私はそれに、強く首を振る。横に。

否定の形に振られた頭に、姉はいよいよ顔を顰める。


「恵美、記憶が戻ったならわかるでしょう? あなた、また勝手に行動して、死にかけるつもり?」


 緩く首を振る。

そんなつもりは毛頭ない。


「死ぬつもりはないよ。死にたくないし。だけと、おねえちゃん」


 先程よりも強く目に力を込める。

子供っぽいと言われても構わない。

迷惑だと言われても、これだけは、絶対に譲ることができないから。


「最後になるかもしれない」


 呟いた言葉は震えない。


「これが最後になったとき、謝れたかもしれないのに謝らなかったら、私は一生後悔する」


 大きなため息。

姉は苦しそうな顔をしながら、自分の脚を撫でている。


「……あなたが、一生後悔を抱えることになろうとも、避難をして、確実に生きていてほしいって思うわたしは、ひどい姉かしら……?」


 いつもよりも小さく見える姉を、思わず抱きしめる。

しかし、口から吐く言葉は、姉の思いに沿った言葉ではない。


「ひどいし、正しいと思う。でも、私は後悔したくないの。行動しなかったら、私、自分を嫌いになる。おねえちゃんは、私を庇ったことを後悔してる?」

「いいえ、まったく。庇って、脚を切り落とす決断をしたわたしを誇らしいと思うわ」

「じゃあ、同じだね。やることはきっと、おねえちゃんよりも小さいけど」


 笑顔を浮かべる私は、うまく笑えているだろうか。


「……それでも、向かうために理由をつけなきゃいけない?」


 私は姉の目をじっと見た。

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