「ジョブにレベルがあるのではないかという考察ですが、たしかにそのような概念があるのではと仮説は立っております」
調合師協会応接室。
足の低めのローテーブルを挟んで向かい合うソファに座る、神経質そうな男性。
彼がこの調合師協会の副会長である、御手洗 茂であると紹介を受けたのは、つい先程のこと。
「その仮説を適用させますと、カナタさんには悪いのですが、あなたよりもレベルの高い者がこの協会には多数いることはおわかりいただけますよね?」
「ええ、重々承知しています。材料が優先的に回ってきやすいから、上級に連なるポーションをほぼ毎日のように作っている方がいらっしゃることも」
「よろしい。しかし、その者たちにもカナタさんが持ってきたレシピの再現は、誰もできなかった」
「はい」
「つまりこれは、あなた以外の誰にも作ることができないか……あるいは、あなたのレシピが間違っているかのどちらかです」
副会長、御手洗の回答。
いささか失礼にも感じるその回答に私が腰を浮かしかけた時、姉は、しかし。と食い下がる。
「その仮説に、もうひとつ付け加えていただきたいのです」
「ほう、なにを?」
「ジョブ単体のレベルだけではなく、自身が覚えている技能にもレベルがあるのではないかという仮説をです」
御手洗副会長は怪訝な表情を浮かべ、姉を見る。
姉は隣に座るネアを手で示した。
「ここにいるわたしの友人が立てた仮説です。例えば低級回復ポーションを作ることのできる技能を、そのまま低級回復ポーション作成技能……スキル、スキルと呼ぶとしましょう」
「はい」
「わたしは最初、低級回復ポーション作成スキルしか使えませんでした。それは副会長もご存知のはずです。一番初めに行われた講習という名前の、調合師による無作為の試験検査。何が作れて、何が作れないのか。法則性を探るその検査で、わたしを含む多くの人は、上級ポーション他、低級回復ポーション以外のポーションを作れずに薬汁になりました。副会長はその際の試験官でした」
「ええ、よく覚えています」
姉は出されたお茶を飲む。
私も味をみてみたが、少し薄めの緑茶は、やっぱり薄い。
「……ですが、上級はいずとも、中級までなら作れる人が少数、いましたよね?」
御手洗副会長はだんまりを決め込む。
しかし止めはしない。
姉は遠慮なく続きを話す。
「単純に天才なんだと思いました。凡人と天才の違いだと。でも、それは違ったんです。あの人たちは、中級回復ポーション作成スキルを初めから持っていただけなんですね」
現に。
姉は目を伏せ、いくらか声のボリュームを落とす。
「初めから中級回復ポーションを作れたあの人は、天才の名にかまけて努力をサボった。今や、わたしはあの人が作ることができない上級の魔力ポーションも、回復ポーションも作れるようになりました」
「努力の差、と単純に言ってしまえるものだと思いますが?」
「いいえ、同じくらい努力した人たちもいます。でも、同じ努力の仕方ではなかった。わたしは回復ポーションを主に作っていたから、回復ポーションの伸びが早く、ある人は魔力ポーションの伸びがよかった」
姉が空になった湯呑に口をつける。
彼女は何も入っていないことに気がついた。
「多分、それがスキルのレベルなんだと思います。わたしは回復ポーション以外には毎日シロップを作っていたから、シロップとポーションを合わせることで、今回のポーションを作ることができたのかもしれないんです」
「つまり、同じくシロップを毎日作れば、同じことができると?」
「おそらくは」
「ふむ……。ちなみにそれは、おおよそどのくらいで使い物になりますか?」
少し考える素振りを見せた姉。
やがて、眉をしかめながら姉は、言葉を選ぶように、慎重に吐き出していく。
「詳しくは分かりませんが、シロップを作ったときに、安定して何がしかの効果が付与できるようになれば、あるいは」
「なるほど。……それでは、その線で何人かを育成してみます。量産にはまだ、時間はかかることと思いますが」
「ありがとうございます」
ホッとしたような顔で、姉は彼に頭を下げる。
それを見て、私も肩の力を抜いた。
「……ああ、そうだ。カナタさん」
「なんでしょうか?」
その矢先、御手洗副会長からの話。
抜いた力をまた込め直す。
「いえ、あなたに指名依頼が入っています」
「……内容を聞かせてください」
御手洗副会長は数枚の資料を、姉の目の前に並べる。
それは依頼人の素性があらかたぼかされて書かれている身辺調査結果に始まり、姉への要望が事細かに書き連ねられていた。
「要は、モモ級回復ポーションと同じように、飲みやすい魔力ポーションを作って欲しい、とのことです」
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