伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十八話 降霊術の誘い(現実世界)

公開日時: 2020年10月16日(金) 08:02
文字数:2,241

 黒木家での窮地を脱し、何とか逃げ切れた僕たちは、ミオくんの家までやって来ていた。

 命の恩人である、法月東菜ちゃんとともに。


「狭くて申し訳ない……」

「そんなことないよ。それより、さっきのことについて話してくれないかい?」


 ハルナちゃんの紹介もまだだったので、僕はそのことも含め、これまでの経緯の説明を求めた。

 彼が今までに何をしてきたのか。

 ――と、そのとき。


「私も気になるわね」


 という声とともに、部屋の片隅からぼんやりと人の輪郭が浮かび上がってきた。

 ……ヨウノだった。


「えっ? よ……ヨウノさん?」


 ミオがすっかり驚いて、座ったまま仰け反ってしまう。

 ヨウノはそんな彼を見て笑いつつ、


「ごめんね、驚かせちゃって。このメンバーなら出てきてもよさそうだと思ったから」

「本当に……ヨウノさんなんですね」

「ええ、そうよ」


 こうして実体――というより霊体か――が存在しているし、ミオくんも疑うことはしなかった。


「恐らく……私はあなたの行った降霊術によって呼び出されちゃったの。だから、詳しく聞かせてちょうだい。あなたがどうして降霊術を知り、それを行ったのか」

「……分かりました」


 一度だけハルナちゃんの方を見てから、諦めたようにミオくんは話し始める。

 降霊術にまつわる彼の物語を。


「降霊術について知ることになったきっかけは、隣にいるハルナちゃんなんです。ハルナちゃんは、霊の仕業だと噂になったあの霧夏邸で起きた事件の、生存者だったから」

「広めないでほしいんですけどね。……ま、あのときは色々あって、なんとか生きて帰ってはこれたんですけど」


 ハルナちゃんは照れ臭そうに頭を撫でつけながら言った。


「あの事件で、清めの水っていうのをお守り代わりに持ってたんですよ。二人を襲った怪物に水が効いたってことは、アレも悪霊的なものだったのかなあ……」

「……うーん、流石はあの事件の当事者だね。霊や怪物なんて非常識なものを見て、そんなに冷静でいられるとは……」

「いえ、怖いですけどね。……まあ、見てない人よりかは幾分マシなだけですよ」


 怖い、という言は嘘でないらしく、彼女の表情は何となく固かった。


「えと、それでですね。ハルナちゃんは大学の同級生なんですけど、出会ったのは三神院だったんです。伊吹というお医者さんと知り合いみたいで、お見舞い帰りの僕と遭遇したんですよ」

「三神院か……僕もミオくんも、見舞いには行くもんね」

「ええ。偶然の出会いから交流するようになった僕たちは、同じ講義のときは隣に座ってお喋りしたりするようになりました。ハルナちゃん、大体が彼氏の話なんですけどね……」


 と、そこでハルナちゃんがミオくんをキッと睨んだので、余計なことを言ったようだと彼はすぐに話を本筋に戻す。


「ま、まあそんな話の中で、一度だけ降霊術のことが話題に上ったんです。霧夏邸での事件は僕も知っていたので、あの事件の生き残りがハルナちゃんだったんだと、僕はびっくりしました」

「あのときは口が滑っちゃったなあって、ちょっと後悔してるんですけどねー」

「あはは……それでまあ、降霊術のことがぼんやりと頭の中に残り続けていたんですよ。そして一昨日、僕はハルナちゃんに連絡を取った……」





「……ごめん。気持ちは分かるけど、私には教えられない」


 昼下がりの喫茶店。

 なるべく人気のない端のテーブルで、僕とハルナちゃんは話していた。

 誘ったのは僕だ。どうしても彼女の知識を頼りたくて、いつでもいいからと呼びつけた。

 事件があり、しばらく大学を休んでいたからか、ハルナちゃんも心配してすぐに来てくれたのだった。

 ……けれど。


「あれがどんな恐ろしい結果を招くか、私にはある程度分かってるしさ。だから……ミオくんを危ない目に遭わせたくないんだよ」


 僕の頼みは頑なに聞き入れてくれなかった。

 いつも朗らかなハルナちゃんからは想像もできない、それは強い拒絶だった。


「……ハルナちゃん」


 分かっている。霧夏邸幻想と呼ばれたあの事件については、町内でしばらく噂になっていたくらいだから、詳細は覚えている。

 屋敷に忍び込んだ少年少女七人の内、四人もの死者が出た痛ましい事件。

 表向きは一人の少年による連続殺人となっている事件。


「降霊術は、悲劇しか呼ばない。命を呼び戻すことが、良い方向に進むとは思わない」


 その瞳の奥には、とても暗い淀みがあった。

 友人たちの惨たらしい最期を目にしてきた、哀しみがあった。


「……じゃあ、僕はこれから何を頼りに生きていけばいいって言うの? 僕にはもう、何も残されてない。大事な人が死んで、僕はもう、空っぽなんだ」


 たとえ僕の人生がこの先、良き方向に進まないとしても。

 それでもいいから一目会いたい。一言喋りたい。

 そんな思いが張り裂けそうで。

 歯止めが利かなくなった僕は、心の奥の黒い部分を曝け出してしまう。


「残っているのは、あいつへの……ケイへの復讐の気持ちくらいしか――」

「復讐なんて、しちゃダメだよッ!」


 復讐、という言葉を吐き出した瞬間、ハルナちゃんは弾かれたように立ち上がり、声を上げた。


「あ――ごめんね……」


 驚く僕に、ハルナちゃんは気まずそうに謝ったあと、ゆっくりと座り直した。

 ……復讐。その言葉に、彼女は何らかのトラウマがあるようで。


「ミオくんの悲しみ、苦しみは本当に分かる。でも、復讐なんてしても……いいことはないよ、絶対」


 ふう、と一つ溜め息を吐いて。


「……何を頼りに、か。それはこれから見つけていくしかないだろうけどね……」


 彼女はもう冷たくなった紅茶を一口、啜った。


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