黒木家での窮地を脱し、何とか逃げ切れた僕たちは、ミオくんの家までやって来ていた。
命の恩人である、法月東菜ちゃんとともに。
「狭くて申し訳ない……」
「そんなことないよ。それより、さっきのことについて話してくれないかい?」
ハルナちゃんの紹介もまだだったので、僕はそのことも含め、これまでの経緯の説明を求めた。
彼が今までに何をしてきたのか。
――と、そのとき。
「私も気になるわね」
という声とともに、部屋の片隅からぼんやりと人の輪郭が浮かび上がってきた。
……ヨウノだった。
「えっ? よ……ヨウノさん?」
ミオがすっかり驚いて、座ったまま仰け反ってしまう。
ヨウノはそんな彼を見て笑いつつ、
「ごめんね、驚かせちゃって。このメンバーなら出てきてもよさそうだと思ったから」
「本当に……ヨウノさんなんですね」
「ええ、そうよ」
こうして実体――というより霊体か――が存在しているし、ミオくんも疑うことはしなかった。
「恐らく……私はあなたの行った降霊術によって呼び出されちゃったの。だから、詳しく聞かせてちょうだい。あなたがどうして降霊術を知り、それを行ったのか」
「……分かりました」
一度だけハルナちゃんの方を見てから、諦めたようにミオくんは話し始める。
降霊術にまつわる彼の物語を。
「降霊術について知ることになったきっかけは、隣にいるハルナちゃんなんです。ハルナちゃんは、霊の仕業だと噂になったあの霧夏邸で起きた事件の、生存者だったから」
「広めないでほしいんですけどね。……ま、あのときは色々あって、なんとか生きて帰ってはこれたんですけど」
ハルナちゃんは照れ臭そうに頭を撫でつけながら言った。
「あの事件で、清めの水っていうのをお守り代わりに持ってたんですよ。二人を襲った怪物に水が効いたってことは、アレも悪霊的なものだったのかなあ……」
「……うーん、流石はあの事件の当事者だね。霊や怪物なんて非常識なものを見て、そんなに冷静でいられるとは……」
「いえ、怖いですけどね。……まあ、見てない人よりかは幾分マシなだけですよ」
怖い、という言は嘘でないらしく、彼女の表情は何となく固かった。
「えと、それでですね。ハルナちゃんは大学の同級生なんですけど、出会ったのは三神院だったんです。伊吹というお医者さんと知り合いみたいで、お見舞い帰りの僕と遭遇したんですよ」
「三神院か……僕もミオくんも、見舞いには行くもんね」
「ええ。偶然の出会いから交流するようになった僕たちは、同じ講義のときは隣に座ってお喋りしたりするようになりました。ハルナちゃん、大体が彼氏の話なんですけどね……」
と、そこでハルナちゃんがミオくんをキッと睨んだので、余計なことを言ったようだと彼はすぐに話を本筋に戻す。
「ま、まあそんな話の中で、一度だけ降霊術のことが話題に上ったんです。霧夏邸での事件は僕も知っていたので、あの事件の生き残りがハルナちゃんだったんだと、僕はびっくりしました」
「あのときは口が滑っちゃったなあって、ちょっと後悔してるんですけどねー」
「あはは……それでまあ、降霊術のことがぼんやりと頭の中に残り続けていたんですよ。そして一昨日、僕はハルナちゃんに連絡を取った……」
*
「……ごめん。気持ちは分かるけど、私には教えられない」
昼下がりの喫茶店。
なるべく人気のない端のテーブルで、僕とハルナちゃんは話していた。
誘ったのは僕だ。どうしても彼女の知識を頼りたくて、いつでもいいからと呼びつけた。
事件があり、しばらく大学を休んでいたからか、ハルナちゃんも心配してすぐに来てくれたのだった。
……けれど。
「あれがどんな恐ろしい結果を招くか、私にはある程度分かってるしさ。だから……ミオくんを危ない目に遭わせたくないんだよ」
僕の頼みは頑なに聞き入れてくれなかった。
いつも朗らかなハルナちゃんからは想像もできない、それは強い拒絶だった。
「……ハルナちゃん」
分かっている。霧夏邸幻想と呼ばれたあの事件については、町内でしばらく噂になっていたくらいだから、詳細は覚えている。
屋敷に忍び込んだ少年少女七人の内、四人もの死者が出た痛ましい事件。
表向きは一人の少年による連続殺人となっている事件。
「降霊術は、悲劇しか呼ばない。命を呼び戻すことが、良い方向に進むとは思わない」
その瞳の奥には、とても暗い淀みがあった。
友人たちの惨たらしい最期を目にしてきた、哀しみがあった。
「……じゃあ、僕はこれから何を頼りに生きていけばいいって言うの? 僕にはもう、何も残されてない。大事な人が死んで、僕はもう、空っぽなんだ」
たとえ僕の人生がこの先、良き方向に進まないとしても。
それでもいいから一目会いたい。一言喋りたい。
そんな思いが張り裂けそうで。
歯止めが利かなくなった僕は、心の奥の黒い部分を曝け出してしまう。
「残っているのは、あいつへの……ケイへの復讐の気持ちくらいしか――」
「復讐なんて、しちゃダメだよッ!」
復讐、という言葉を吐き出した瞬間、ハルナちゃんは弾かれたように立ち上がり、声を上げた。
「あ――ごめんね……」
驚く僕に、ハルナちゃんは気まずそうに謝ったあと、ゆっくりと座り直した。
……復讐。その言葉に、彼女は何らかのトラウマがあるようで。
「ミオくんの悲しみ、苦しみは本当に分かる。でも、復讐なんてしても……いいことはないよ、絶対」
ふう、と一つ溜め息を吐いて。
「……何を頼りに、か。それはこれから見つけていくしかないだろうけどね……」
彼女はもう冷たくなった紅茶を一口、啜った。
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