伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十一話 「ごめんね」

公開日時: 2020年11月21日(土) 21:16
文字数:2,259

 風の音で、意識が覚醒した。

 まるで自分の記憶がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた後のように、思考が判然としなかったが……それでも、私は再び目を覚ました。

 自分は誰で、ここはどこなのか。

 どうして世界は暗く、そして冷たいのか――。


「……ん……」


 冷え切った世界で。

 ただ一点温かかったのが、私の左手だった。

 それがどうしてなのかを確かめようとするのだが、上手く手が動かない。

 それが自分の手だという感覚が、まるでなかった。

 固い。

 石化してしまったかのように、体が固かった。

 もしかすると、地中にでも埋もれてしまったのか。

 いや、それにしては冷たく、ちゃんと空気も感じられている。

 私は一体どうしてしまったのかと、混乱が絶えなかった。


「……ね」


 そこに、声が聞こえた。

 優しく……けれど、悲しげな声。

 ああ、私はこの声を知っている。

 私の大切な人の声だ。


「……マミ?」


 名前を思い出し、私は呼び掛ける。

 世界は相変わらず暗く、視線の先に何があるのかはまだ判然としない。

 けれども、ようやく分かったことがあった。

 私の手は、温かな彼女の手に包まれていた。


「……ごめんね……」

「……マミ……?」


 聞き取れたのは、謝罪の言葉。

 彼女はただ、それを繰り返していた。

 どうして彼女が謝るのかと、首を傾げたい気持ちになったが。

 その首すらもやはり、動こうとはしなかった。

 やがて、私の眼が暗闇に慣れてくる。

 そして、周囲の様子が明らかになってくる。

 目の前にいるのは、私の左手を掴むマミ。

 不自然に倒れ掛かっている彼女の体は……体は。


「え……」


 私は、磔にされていた。

 ボロボロになった暗幕……部屋の奥には、磔台が隠されていたのだ。

 そこに私は、縛り付けられていて。

 マミはそんな私の左手を、力なく掴んでいたのだ。

 けれど、マミは立ったままだった。

 立って、その手を伸ばしてもなお、ようやく私の手を掴めるほどの高さまでしか届かなかったのだ。

 何故なら、彼女の両足は。

 まるで引き千切られたかのように、無くなっていたから……。


「何、で……?」

「ごめ、ん……」


 私は気付く。

 もう、マミの意識は消えかけていた。

 どうしても謝りたいという思いだけが、彼女の口を動かしていたのだ。

 だから彼女は、謝罪以外には何も発することをしなかった。

 彼女は、死んでいるのも同然だった。


「何だよ、これ……」


 カタリと、奇妙な音がする。

 いや、さっきからしていたのだ。

 私が口を動かす度に。

 固いものが打ち鳴らされるような音が、響いていた。

 ……目を動かし、自身の手を見る。

 そこに、繋ぎ目が見えた。

 私の手は、いつの間にか義手のようになっていた。

 いや、手だけではなく、全てが――。


「どう、してだ……?」


 カタカタと動くのは、この口。

 そう、腹話術なんかでよくある、口が動く人形のそれだ。

 有り得ない現実。これは夢に違いないと、信じたくなるけれど。

 繰り返される謝罪と、左手の温もりが……真実を物語っているようだった。

 崩壊した研究室。

 マモルは四肢が吹き飛んで絶命し、テラスも頭から血を流して倒れている。

 取り返しのつかない惨状。取り戻せない日常。

 彼らの真意が分からないままに……全ては悲劇と化し、終わってしまった。


「……マミ、君は……」


 懸命に、木製の手を動かそうと試みる。

 僅かに手は動いてくれたが……代わりに、その手を掴んでいた彼女の手が、するりと落ちて。

 どさりと、大きな音を立て。

 マミは、自らの血の海の中へと……倒れ込んだ。


「……何で、だよ……!」


 どうして、こんなことになったというのか。

 答えは永遠に鎖されたまま……私は、独りになった。

 力任せに縄を解き……マミの体に触れても。

 その体はもう魂を宿さない……冷たい肉塊へと、成り果てていた。

 私の叫びが、研究所の中に轟いて。

 けれども、その声を聞き届ける者など、もうどこにもおらず。

 誰もが予想しなかった悲劇でただ一人、生き残った私は。

 ただずっと、後悔に圧し潰されたままマミの遺体の前に蹲っていた――。


 ――これが、私の記憶。

 私が仁行通から、ドールとなったあの日までの、記憶。

 私の周りの全てが奪い去られ、私という肉体すらも奪い去られて。

 冷たい関節人形として生きていくこととなった、記憶だ。


 私の命が繋ぎ止められたのには、恐らく術式の中途半端な発動が影響していた。

 本来暴走により全員が死ぬ筈だったものが、マミの命をエネルギーとして、私の命が消えずに残ったのである。

 そのため、当初は記憶喪失にも似た症状が起き、ただただ彷徨い歩くのみの人形に成り果ててしまったが。

 自分の記憶と、そして混ざり合ったマミの記憶の一部も思い出し……一つの思いを固くしたのだ。

 ああ、いつか必ず。

 私の大切なマミを、取り戻してみせよう……と。


 そうして私は、風見照の研究を引き継ぎ、降霊術の実験を重ねるようになった。

 それから数十年が経ち、そう、ようやく……今に至るというわけだ……。





「そう……あともう少し」


 磔台に捧げられた人形を見つめながら、私は呟く。

 六月九日は、もうすぐそこに迫っていた。

 あの日と同じ、この場所で。

 私は十分過ぎるほどの準備を重ねて、その時を迎えようとしている。

 この姿となってから、本当に長い時間をかけてきた。

 この伍横町で、君を取り戻すためだけに、私は実験を繰り返してきた。

 それも、もうすぐ終わる。

 必ず君と、永遠に幸せになってみせる。


「さあ、始めよう」


 奇しくも私は、あの時のマモルと同じ台詞を口にする。

 だが、奴のような失敗は、絶対に繰り返したりはしない。


「これが……最後の儀式だ」


 私は最上の愛を以て、永遠の幸せを手に入れる。

 待っていてくれ――マミ。

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