「……で、マヤはどこにいるんだ?」
町内の歩道を走りながら、ミツヤは訊ねる。
既に伍横町には悪霊たちが何体も漂っており、見つかれば襲い掛かってこられるような危険に満ちていた。
ミツヤたちとは違い、滑るように移動しながらソウシは答える。
「あいつが助けたアキノって子の家にいる。そこで手当てをされてるはずだ」
「わ、分かった。家は知ってるし、まあ行ってみましょ」
ハルナは三神院事件でミオたちの協力をしており、遠野家や光井家、それに黒木家の場所も知っていた。
少々方向音痴気味なのが気にかかるが、ソウシもいるし大丈夫だろうとミツヤは頷く。
「よし、急ごう」
時間は止まっていても、事態は刻々と変化する。
マヤやアキノが更なる危険に遭遇しない内にと、彼らは急いだ。
霧夏邸は、町の中でも北方に位置しており、光井家とはそれなりに距離がある。
十分以上をかけて、三人は――正確には二人だけは、息を切らしながらもやっと光井家に到着した。
マヤはリビングにいるとのことで、ミツヤたちはさっさと玄関を上がり、リビングの扉を開く。
そこには、アキノに応急処置をしてもらっているマヤがいた。
「……マヤ」
「あ……ミツヤ、ハルナちゃん。……久しぶり、だね」
何ともシュールな再会の図に、三人とも上手い台詞が見つからず、しばらく黙り込む。
その沈黙に耐えられなかったのはハルナで、
「ちょっとマヤくん、なんで怪我しちゃったのよ」
と、腕組みをしながらマヤを叱りつけた。
「あ、あの……怒らないであげてください。この人、私を助けてくれたんです」
ガーゼを貼り終えたアキノがマヤを庇う。本人にそう言われては、流石に信じないわけにもいかない。
「やっぱり、本当のことなのか。お前が人助けをするだなんて、予想外のことだぜ、ったく……」
「……どうしてそんなことを?」
マヤの行動を二人は素直に受け取れず、彼に問いかける。彼自身も、自分が信用されていないことはよく理解しているので、拗ねたりはしなかった。
「あはは、やっぱり僕がそういうことするの、変だよね……僕も訳が分からなかったよ」
死にたくないって震えてたくらいなのにね。マヤはそんな風に呟く。
「でも、あの男……黒木と出会ってさ。復讐のために生きるとか、言ってるのを聞いて……止めなきゃと思ってたんだよ。三年前のハルナちゃんのようにね……」
「……私の?」
マヤはこくりと頷く。
三年前。ミツヤの暴走を止めたハルナのようになりたいと、マヤは憧れていたのだ。
「それが出来たら、僕はようやく変われる気がしたんだ。ただの人殺しである自分から、ようやくね――」
*
少年刑務所で迎えた、三度目の春。
休憩室の窓から見える、申し訳程度の桜を眺めながら、マヤは独り言ちていた。
「もう四月も中旬か。大学生、なんだよね……」
それは自分のことでもあるが、塀の外にいる彼らのことでもあった。
霧夏邸事件で自分の他に生き延びた、二人の少年少女のこと。
外の情報はそれほど入ってはこないが、きっと仲良く過ごしているのだろうことは見当がつく。
マヤ自身も、そうであることを祈っていた。
「……はあ」
仮に刑期を終えたとして。
自分は彼らの元へ、堂々と帰っていけるだろうか。
そんなことを考えると、いつも気持ちが陰鬱になる。
表面上、罪を償うという行為は終えても……一度血に汚れた手は、中々綺麗にはならないことを彼は痛感していた。
自分自身が、いつになっても汚れた手をしているように思えてならなかったのだ。
「――溜息ばっかり吐いてやがんな」
そこに、声を掛けてくる男がいた。
あまり受刑者同士の関わり合いが少ないこの刑務所では、珍しいことだった。
「……君は……見ない顔だね。最近ここへ?」
「ああ……黒木圭だ」
「そう。僕は中屋敷麻耶。……君は、どんな罪で?」
マヤにとっては当然の質問だったのだが、黒木は罪という言葉に首を傾げる。
「罪? ……さて。オレは復讐してやっただけだからな。あと一人、残ってるってのによ」
復讐と聞いて、そのときのマヤはまだ、ミツヤのように大事な人を奪われたゆえの暴力、或いは殺人だと勘違いしていたが。
とにかく復讐という単語に、彼はつい説教染みた言葉を返してしまった。
「きっと、何か恨みがあるんだろうけど。復讐、そこまでで止めておけないのかな」
「あん?」
「多分、止めておくのが正解だと思うから。僕も、それに彼も……それで救われたはず、だからね……」
「……何だ、お前の話か」
そう。今のはただ、自分自身の経験を重ねてしまっただけのこと。
でも、だからこそマヤは、彼と同じく復讐の道を進んでいるらしいケイを、止めたくなったのだ。
そのために、マヤは自らの思いを吐露する。
長い間誰にも吐き出せなかった、素直な思いだった。
「僕はね、復讐されてもおかしくない人間なんだ。でも、こうして生きてる……生かされてる。勿論辛いけど、それでもそれって、すごくありがたいことなんだよ」
ただ、そんな告白もケイにはまるで響かなかったようで、彼はつまらなさそうに顔を背けて舌打ちをした。
黒木圭という人物は、常識的な心では推し量れないほどの、悪人だったのだ。
「……けっ、くだらねえ。他人のことなんざ、どうでもいいさ。自分の気持ちも満たせずに、相手のこと考えて何になる? 自分の気持ちが満たせないから、そうやって満足したフリしてるだけじゃねえのかよ」
「……そんなことないよ、きっと。むしろ、そっちの方が必要なことなんじゃないかな」
「……あ?」
「いや。なんでもない」
冷たい目。
冷たい心。
マヤはそこまで話して、ケイの本質に気付き始める。
ミツヤとは違う、何かが壊れた――或いは欠落した本質に。
それと同時に、知りたくもなった。
この男がどうしてこんなにも、壊れてしまっているのかを。
「……ねえ、聞かせてよ。君はどうして復讐がしたいのさ。君がそこまで復讐に拘っている理由……それをちょっと、聞いてみたいね――」
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