伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十九話 再会

公開日時: 2020年11月2日(月) 08:20
文字数:1,706

 体育館を抜け出し、本館に戻ってきたところで、オレたちは新たな障害に遭遇した。

 怪物ではない。肉体を伴わない存在――悪霊だ。


「お、お母さん――」


 ミイナちゃんが呟く。……オレにも分かった。その姿は人ならざるものに歪んでしまっても。

 間違いなく彼女は、オレの大切なミイちゃんだった。


「待ってろ、すぐに助けてやるから……!」


 ミオさんから託されたビンを強く握り締めながら、オレはミイナちゃんとともに、二年一組目指して走り出す。

 幸いにも、悪霊となったミイちゃんの動きはそこまで速くなかった。ミイナちゃんに気を遣いつつも、急いで中階段を駆け上がり、二年一組の教室前まで到着する。

 閉まっている扉に鍵を挿し込み、ガチャリと回してから、鍵を乱暴に抜いてオレたちは教室内へ飛び込んだ。


「……ミイちゃん」


 どれだけ長いこと、君は俺を待っていたんだろうな。

 ナイフを突き立てられた亡骸の前に、オレはそっと膝をつく。


「ごめん。……今、助けるよ」


 そうしてビンの蓋を外し……ミオさんがやっていたように、清めの水を彼女の体に振り撒いて。

 静かに、祈りを捧げた。


「お母さん――」


 刹那、光が室内を満たす。

 とても温かな、包み込まれるような光。

 この悪しき空間に満ちた邪気を振り払うかのように放たれた光は、やがて一つの人影になる。

 ほかでもない、オレの大切なミイちゃんの姿。


「……ここ、は……」


 正しい魂の在り方を取り戻したミイちゃんが、驚きながら自身の両手を見つめる。

 大人びた彼女の姿に、オレは愛おしさを感じつつも、同時に残酷な時の流れもまた感じた。

 二十年。長すぎる時間だ。


「……ユウくん?」


 亡骸の前のオレに気付いた彼女は、オレのあだ名を呼んだ。

 たとえ体が息子のものであっても、彼女はすぐに分かってくれたようだ。


「本当に、ユウくんなの?」

「……うん」


 泣きそうになるのを堪えながら、オレは気障ったらしく答えてみせる。


「オレは正真正銘、新垣勇作だよ。あの日のままの、さ」

「ユウ、くん……」


 だけど、駄目だった。

 遮二無二抱き着いてくる彼女に、オレは結局、最後まで涙を我慢することなんて、出来やしなかった。





「……はあ」


 用具室の地下階段を下りた先。

 中世の地下牢にも似た研究室の中で、円藤深央は重い溜息を一つ、吐いた。

 黒木圭――彼の友人であった少年。今はもう、狂った怪物に変わり果てたその少年との攻防の末、彼は清めの水がある場所まで怪物を誘導し、掬った水を浴びせて何とか退けることに成功したのだった。


「あいつはまだ、あいつなのかな。それとももう、ただの怪物なのか。まあ、元から怪物だったと言えばそれまでだけど……」


 出会った当初……表向きは今時の大学生という印象しかなかったケイは、とある事件でその異常性を発露させ、ミオや周囲の人間から悉く幸せを奪い去っていった。

 事件の後になってから、彼の本性は詳らかにされていったのだが……ミオは今でもまだ、信じられないという思いが完全には拭いきれていなかった。

 どうして、ケイは。


「……ん?」


 物思いに耽っていたところで、ミオは自分しかいない筈の室内で、奇妙な音がするのに気が付く。

 注意深く耳を傾けると、それは音ではなく女性がすすり泣く声だった。

 声のする方へ、ミオは足を向ける。

 すると壁に背中をつけ、膝を抱えて座り込んでいる少女の霊がいた。

 三年生の教室でミオが浄化した、吉元詠子という女子生徒だ。


「……君、エイコちゃん……だったね?」

「……はい」

「……大丈夫かな」

「ええ……もう、平気です」


 そう口にするものの、とても平気とは思えない。ミオは頷きつつ、彼女から本心を聞き出そうと更に言葉を重ねる。


「……でも、何か心残りがある」

「……私、謝りたかったんです。ただ、それだけだった……」

「どういうことかな?」

「……私は、何も知らなかったんです。いえ、まだ何も知らないままなんでしょうけど」


 涙をそっと拭って。

 エイコはミオの方へ顔を上げる。


「数日前、私はユウキくんに……告白したんですよ」

「告白……」

「……はい」


 でも、と彼女は呟く。


「ユウキくんは……寂しそうに微笑んで、私の元から去っていったんです」


 そして彼女は、自らと新垣勇気を巡る物語を、打ち明け始めた。

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