「一通り調べまわったけど、水道とガスは駄目だったわ。電気が生きてるのが奇跡ってことね。……というわけで、食事はお湯を使わなくても出来るものだけしかないけど我慢して」
全員が着席してから、ハルナはまずそんな報告をくれた。電気以外は契約解除されてしまっている、というところか。食事はハルナが用意してくれたようだが、幸いインスタントラーメンのようなものは持ってきていないようで、空腹に耐えなければならないというような事態にはならなさそうだった。
「ユリカちゃん、さっき手帳落としたよ。大事なものだろうから気をつけて」
コンビニのおにぎりが配られているところで、俺はユリカちゃんにさっきの手帳を返す。するとユリカちゃんは慌てた様子で、
「あ、ありがとうございます」
早口に言うと、俺の手から引っ手繰るように手帳を取った。
「……ミツヤ、お前中見てないよな?」
「馬鹿、そんなことしねえよ」
「ならいいけど」
ソウシはやはり、過保護なくらい敏感に反応してくる。拾わなければよかったかと思うくらいだ。全く。
「にしても、湯越って人はかなり降霊術にはまり込んでいたみたいね。図書室どころか、各部屋に降霊術の本が置いてあるし」
「そりゃ、謎の死を遂げるまで狂人と言われていた人だもの。いや、死んでからも……かな」
サツキが湯越郁斗の話を持ち出すのに、マヤがそう答える。俺としては、死んでからの方が狂人としての噂は広まっているような感じがするな。
「ただ降霊術に浸っていたというだけならまだしも、もっと悪い噂がまことしやかに囁かれていたみたい。娘を生き返らせるために、その魂を入れる器を探していたとか」
「知ってる。行方不明になった女の子がいて、実はその子が器として連れ去られたんじゃないかって言われてたわね」
「そう。三年前のことだけど、いなくなっちゃった子が……いるのよね。今も見つかってない女の子が……」
サツキとハルナのそんな話を、皆静かに聞いていた。その中で、一人物憂げな表情を浮かべていたのはマヤだ。
その話を聞くことに心を痛めているような、そんな表情だった。
言葉が途切れ、しばらく食堂内に静寂が訪れる。どこか薄気味悪い時間だった。
そのとき、突然場違いな明るい音楽がどこかで鳴る。この電子音は、どうやらスマートフォンの着信音のようだ。
「あ、ごめん。母親からの電話だわ」
音の発生源はサツキの携帯だった。彼女は断りを入れてから、食堂の窓辺まで行き、母親と喋り始める。なるべく聞こえまいと気を遣っているようだったが、静かな空間でそれは無理というものだった。
「もしもし。……え? ……そうなんだ」
サツキは表情を曇らせながら話す。楽しい内容ではないらしい。
「私だって分かってるわよ、怒ってるわけじゃないわ。……ただ、受け入れるのに時間がかかるの。お母さんだけの問題じゃないんだから」
その只ならぬ雰囲気に、彼女を見守る皆の表情もまた、暗くなっていた。
「……うん。はい。じゃあ、切るよ。今日は友だちの家。明日帰るから」
しれっと嘘を吐き、通話を切ったサツキは元の席に着く。そして、申し訳なさそうな上目遣いで、
「はあ。ごめんなさいね」
「……深刻な話っぽかったな」
皆が躊躇う中、聞いた方が良いと判断したのかソウシがそう切り出すと、
「ええ、まあね。……あんたと、ミツヤくんやユリカちゃんにはちらっと言ったことがあるかな。うちの母親、俗に言うシングルマザーなんだけど、最近付き合い始めた男がいてさ。岡西っていう人。その人にプロポーズされてて、今日籍を入れに行ったんだってさ」
「本当か? あの人、お前は嫌がってたはずだろ」
「うん。お酒飲むと結構暴力的になる人で……私はまだ何もされてないけど、ちょっと怖くて。でも、お母さんが選んじゃったなら私は従うしかない。時間は掛かるけど、受け入れないとね……」
サツキが言うように、その辺りの事情は愚痴を聞いたりしていたので知っていたが、結局結婚まで話が進んでしまったのか。せめて彼女が想像するような、酷い家庭にならないことを祈るしかない。
タカキも同じように思っているようで、言葉はなくとも静かに彼女を見守っていた。
「色々と複雑なんだな、お前んとこも」
「同情なんかいらないわよ、ソウシ。皆も、あんまり気にしないで」
ぶらぶらと手を振りながら、サツキは苦笑する。それを見て、マヤもフォローするように、
「そうだね。別にサツキちゃんはサツキちゃんのままなんだし……ね、皆」
「ええ、勿論です」
「うんうん」
「……ありがと、皆」
全員から励ましの言葉を受けて、サツキの顔からやっと苦しさが抜けたようだった。
そんなハプニングがあったものの、以降は特に問題も起こらず、心霊現象のようなものも全く起きず、いつものように下らない雑談をしつつ、俺たちは食事を終える。忍び込んだことがばれないように、ゴミは全部ハルナが持ち帰ってくれるとのことなので、彼女が用意した大きなビニール袋にゴミを入れていった。帰るときには色々入っていそうだが、嫌じゃないのかな。……まあいいか。
欠伸を噛み殺しながら、腕時計で時間を見る。時刻は七時半を示していた。
「さてさて、ご飯も食べたしまた自由時間にしましょ。肝試しは零時を過ぎた頃くらいに始めたいから。それまでは探索するもよし、部屋でのんびりするもよし。とにかく好きにしてちょうだい」
要するに、さっきと変わらないわけだ。メインイベントは零時になったとき、ということだな。まだ見ていない所も多いし、眠気覚ましに歩き回ってもいいかもしれない。
「んじゃ、解散!」
ハルナが宣言すると、俺たちは数時間前と同じようにだらだらと席を立ち、食堂から出ていくのだった。
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