伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

二十七話 不連続線(現実世界)

公開日時: 2020年10月20日(火) 20:34
文字数:2,069

 階段を駆け上がり、四階へ。

 まだ赤い怪物の血痕もなく、鉢合わせする危険性もない。

 僕たちは全速力で奥の病室まで走って、鍵を開ける。

 そしてスライドドアを勢いよく開いた。


「黒木――!」


 眼前には、黒き蜘蛛の怪物。

 全ての命を絡め取らんとする、おぞましき異形。

 そいつが今まさに、アキノの体の上に浮かび、鋭い脚を突き刺そうとしていたところで。

 ミオくんが清めの水を取り出し、黒木に向かって振り撒いたのだった。


『――オオォオオオオォオ――ッ!!』


 レコードの激しいハウリングのような異音。

 叫びのような金属音のような、とにかく寒気がする悲鳴とともに、怪物は痙攣を始める。

 怪物はミオくんに向かって触手を伸ばそうとするも――それは最後まで届かず。

 ビクリと大きく痙攣をした直後に、細かな黒の粒子となって、消失したのだった。


「……やった……?」


 黒木の姿は、もう完全に消滅した。

 不気味な気配もなく――身を隠しているわけではなさそうだった。


「あいつを、消せたのか……?」


 僕は何度も部屋を見回したが、ここから消えたのは間違いない。

 だが――この胸騒ぎは何だ?


「あッ……!」

「まだよ!」


 ヨウノも気付く。アキノの表情だ。

 普段は穏やかな表情で眠っていた彼女が、今は苦悶の表情を浮かべている。

 悪夢にうなされているような――そんな苦しげな顔。


「現実の肉体を喪って……記憶世界の中に行ったのかも」

「だと思うわ。むしろそれを狙っていたのか……分からないけど」


 何にせよ、危機はまだ去ったわけじゃない。

 後はアキノの心の中に入り込んだ黒木を――完全に消し去らねばならない。


「……行くしかないみたいだね。アキノの……記憶世界に」

「ええ。……私たちが、行くしかないわ」


 ツキノちゃんとヨウノが、互いに顔を見合わせた。


「僕たちは……行けないんだろうね」

「うん。霊体である私たちじゃないと行けないと思う」


 ミオくんは悔しそうだ。ここまで来て、決着を二人に任せなくてはならないということが。

 二人を危険に晒し……再度の別離に苦しむことになるかもしれないのが。


「二人だけじゃ……心配だよ。戻ってこれるかも……」

「……そうだね。もう戻ってこられないかもしれない。それに、戻ってこれてもすぐにお別れだと思う」

「……そんなの、嫌だよ。僕は、君と再会するために降霊術を使ったのに……」

「ミオくん……」


 愛しい人にもう一度会うため。

 大切な者ができたならば、そしてその人を喪ったなら。きっと誰もが思うであろう願い。

 叶わぬ筈の禁忌。

 その果てに奇跡を呼び起こし、こうしてまた再会を果たしたのに……満足に話もできず、翻弄され、終わってしまうことは確かに辛くて当然だ。

 僕は術者でないけれど……ヨウノと再び別れなければならないことは、辛い。


「……こうやって再会できちゃったら、また別れるのが辛くなっちゃうわよね。私もそう。マスミくんもそうだし、ミオくんもツキノも、皆そうよ」

「でも、私たちはもう、ここにいるべき存在ではないから。この魂にもう、帰る場所はないから……」

「……悲しい言葉だな。帰る場所ならここにあると、言うだけなら容易いのに。そんな話じゃないんだものね」

「僕たちと二人の間には、決して越えられない不連続線が引かれているということ……なんだものね」


 僕とミオくん、ヨウノとツキノちゃん。

 恋人たちの間には、この世とあの世を隔てる不連続線が引かれている。


「でも、こうやってまた会えたこと、本当に嬉しい。そして帰る場所があるのだと、言おうとしてくれることも。そう言ってくれる人がいるからこそ、私はこの世界に、アキノを帰したいって思える。アキノを幸せにしてあげてほしいって、思える」

「……そうね。二人なら、アキノを幸せにしてあげられると思うわ」


 ヨウノは……光井家の長女は、目に浮かぶ涙を拭って言う。


「どうか私たちの忘れ形見だと思って、この子を大切にしてあげてくれないかしら……」


 その頼みに、僕もミオくんも力強く頷いた。


「勿論だよ。そのために、一所懸命に守り抜こうとしてるんだから」

「うん。必ず……幸せにするよ。それがツキノちゃんの……二人の幸せになるって信じて」


 それぞれの未来があった筈の三姉妹。

 もうその道は一つ分しかなくなってしまったけれど……。

 ここから道を進んでいく一人の少女を。

 見守ることがきっと、二人の幸せにも繋がると信じよう。


「……ふふ、ありがと。私はミオくんの、そんなところが好きなんだ」

「ツ、ツキノちゃん……」

「いつかのお返し、だよ」


 かつてミオくんに同じことを言われたのだろう。いつもは大人しいツキノちゃんも、そのときは小悪魔のようなウインクで、ミオくんをドギマギさせた。


「……それじゃ、行ってくるね」

「あ――ツキノちゃん!」


 情けないままじゃ駄目だと、ミオくんはツキノちゃんを呼び止める。

 そして、笑顔で――彼女を送り出すのに相応しい笑顔で、告げた。


「……今までありがとう。……また会う日まで」

「そうね。また会う日まで」


 初々しい恋人たちに倣って。

 僕とヨウノも、同じように言葉を交わし合う。


「……さよなら」

「また、会う日まで……」

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