伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

七話 いくつかの秘め事③

公開日時: 2020年9月23日(水) 20:02
文字数:2,109


食堂を出たところで、玄関ホールにぽつりとサツキが佇んでいた。壁に掛けられた剣と盾をぼんやり見つめながら、呆けた表情をしている。俺が歩いていくと、かなり近づいたところでようやくこちらへ顔を向け、


「ああ……ミツヤか」


 夢から覚めたような調子で言うのだった。


「……落ち込んでるのか?」

「まさか。……でも、そうね。嫌だなって気持ちはあるわよ。私、乱暴な人って嫌いだもの」

「……そっか」


 乱暴な人が好きというのは、よっぽど奇矯な人だけだろう。これからの家族の形を考えたとき、心配になってしまうのは当然だ。


「でも、タカキはあれで結構優しい奴だからね……って、何言ってんだろ」

「さあ? あいつと二人で暮らし始めるとか?」

「馬鹿言わないの、まだ中学生なんだから」


 いつか一緒に暮らすというのは否定しないんだな。まあ、希望があっていいことだ。


「……ミツヤもそんなに私のこと心配しなくていいから、この集まりを楽しみなさいよ」

「はは、逆に気を遣わせたか。ありがとな、サツキも楽しめよ」

「はいはい、ありがと」


 あまり話を続けるのも迷惑そうだし、俺はそこで話を終わらせて、サツキの元を立ち去った。

 適当に歩いてきたので、足はまた図書室に向かっている。本を読むのは割と好きな方だし、さっきはソウシと話し込んでじっくり蔵書を見られなかったこともあるため、もう一度行ってみるのも悪くはないかとそのまま廊下を進んだ。

 今は図書館に誰もいないようで、俺はほっと息を吐くと、棚にずらりと並ぶ本の背表紙を眺めていった。さっきソウシが気にしていた推理小説のほか、ホラー小説もあったが、フィクションらしいものはそれら二つのジャンルだけで、あとは学術系の書籍やオカルト雑誌がみっしり詰め込まれていた。


「犯罪心理学に異常心理学……人体の構造についての本まであるな。湯越さんが買った本なのか、はたまたそれ以前の持ち主のものなのか」


 比較的新しい本については湯越郁斗が購入したものだろうが、古そうな本は元々あったと考える方がしっくりくる。特に、オカルト関係の洋書はまるで中身が分からないものの、ボロボロな上にかなり埃を被っているものが幾つかあり、数年どころか十年以上動かされていないような感じがした。

 霧夏邸。湯越郁斗が住む以前から、何かがあった場所……。

 その後もしばらく、俺は図書室で時間を潰した。埃の積もっていない本で気になるものがあれば、手に取ってパラパラ捲ってみる。ミムーという月刊のオカルト誌はネタとして見れば結構面白かったし、霊にまつわる故事をまとめた書籍などはそんなことがあったのかと驚かされたりもした。西行法師が死者を生き返らせようとして人骨を集めていたというのは怖い話だ。

 

「あれ、ミツヤじゃない」


 書物に目を奪われていると、背後から声を掛けられる。いつのまにやら、マヤが図書室に来ていたらしい。俺がソウシに対して抱いたのと同じように、こいつも俺と本が似合わないと思っていそうだ。


「色んな本が並んでるね。僕らには読めないようなものが多いけど」

「まあ、外国の書物も多いからな」


 ちょうど近くに英語の背表紙が見えたので、指さしながら俺は言う。マヤはそうだね、と苦笑した。


「……ところでさ、ミツヤって転校してきたけれど、元々はここに住んでたんだよね。何か事情があったの?」

「……止むを得ない事情っていうか。端的に言えば両親の仕事の都合だな」

「なるほどね。で、二年前くらいに戻ってきたわけだ」

「俺を覚えてくれてる奴もいたから、孤立せずに済んで良かったよ」

「ソウシとか、ハルナちゃんとか?」

「……前遊んでたのは、そんなメンツだったな」

「そうなんだ。僕もハルナちゃんとは遊んでたんだけど、あの子は全く、顔が広いもんだね。色んな子と友だちだったし」

「……おう」

 それには同意見だ。言葉を選びつつ、俺は返事をする。


「……ねえ。ミツヤはさ、好きだった子とかいる? 僕にはいたんだ。笑顔の眩しい、元気な女の子が。本当に……素敵な女の子だった」


 彼は、昔を懐かしむように言う。もう決して戻ることのない輝かしい日を思い出すように。

 そして、


「……殺されたんじゃないかって、思うんだよ」


 吐き出したのは、残酷な言葉だった。


「殺されたって……もしかして」

「うん。さっきハルナちゃんが言ってたでしょ。湯越郁斗って人の狂った思想と行動について。三年前にいなくなったあの子は、本当にその生贄とされてしまったんじゃないかって、考えると恐ろしくて。怖いけど、証拠があるならそれを掴んでみたい。そんな思いもあってここへ来てみようと思ったんだ。そう……ナツノちゃんの、ために」


 夏乃なつの。もう戻っては来ないであろう少女の、名前。


「……すまないな、マヤ」


 俺が謝ると、マヤは緩々と首を振る。


「話したのは僕なんだから謝らないで、ミツヤ」


 それでもなお、俺が暗い表情を浮かべたままだったので、


「今のはナシナシ。……んじゃ、僕は他のところを探検してみるよ。またね」


 そう告げて軽く手を振り、彼は去っていった。


「……ナツノ、か」


 霧夏邸。この邸宅の名前に霧と夏が入っているのも皮肉な偶然だな、と思う。

 俺は溜め息を一つ吐き、再び本の確認を始めるのだった。


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