伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

七話 「それって本当に、信じてるのか……?」

公開日時: 2020年11月16日(月) 23:05
文字数:1,793

 私は、特にやることがないときには、テラスのところへ話に行くのが恒例になっていた。

 マモルが他の用事で少し席を外すと出て行ったので、自由時間が出来た私はこの日もテラスと話をしに行くつもりだった。


「……俺、ちょっとテラスさんのところに行ってくる」

「あら? トオルったら、風見さんのこと、気に入ったみたいね」

「別に、そういうことではないけど……」


 口ではそう言いながらも、私は紛れもなくテラスに好感を持っていた。

 それを認めなかったのは、マミとマモルの関係性を認めていないがためだ。

 マモルを敵視している私が、テラスに懐柔されているとは思われたくなくて。

 素直に答えることが出来なかったのである。


「いいよ。私はちょっと休んでおくから、話しに行っておいで」

「……うん、行ってくるよ」


 内心の気恥ずかしさを抑えつつ、私は部屋を出た。

 そしてそのまま、いつものようにテラスの研究室へ向かったのである。

 いつもより寂しく映る廊下。それは私の心情だけでなく、実際に使用人がいないことにも起因していた。ちょうど休憩時間だったのか、研究室の前へ辿り着くまで、家の者には誰一人遭遇しなかった。

 もう慣れてしまった動作で、私は研究室の扉を叩こうとする。しかしそこで、室内から感情的な声が上がるのが耳に飛び込んできたのだった。


「――も、そんなこと……!」


 廊下が酷く静かだったこともある。

 その声は、とても緊迫感のあるものに聞こえた。

 いつも穏やかなテラスが、声を荒げている。

 扉の向こうでどんな話がなされているのか。いけないこととは分かりながらも、私はつい聞き耳を立ててしまったのである。


「………れしか方法がないんだ……」

「……の子のため……」


 話の相手はマモルのようだった。

 いつになく真剣な話。互いに声のトーンは低い。

 明らかに密談という雰囲気だったが、私はこの場から離れることが出来なかった。

 それは、一種の予感なのかもしれなかった。


「………究の成果は……だろうな?」

「それは……」

「……いいか………聞くんだ……」


 そこで少しの間を開けたあと……マモルが放った一言が、私を戦慄させた。


「……き離さなければならないんだ……二人を」


 ――何だって?


 鮮明に聞き取れたわけではなかったが、それでも。

 私はマモルがこう言ったように聞こえた。

 引き離さなければならないんだ……と。

 二人とは、誰と誰のことか。

 そんなものは、分かり切っていた。

 私とマミ。ずっと共に生きてきた私たちの繋がりを。

 マモルは強引に引き裂こうとしていたのだ。

 奴の言葉を最後に、テラスの返事は途絶える。

 返す言葉が見つからず、黙り込んでしまったのだろうか。

 それからすぐ、マモルは研究室から出てきた。

 咄嗟に廊下を曲がった先へ移動したので見つかることはなかったが、鼓動の早鐘はまるで収まらなかった。

 一体、何がどうなっているというのか。

 表向きは紳士的に振舞いながら、奴はその胸の内でどんな計略を巡らせているというのだろうか……。





「……それ、本当のことなの?」


 部屋に戻った私は、先ほどの一部始終をマミに伝えた。

 上手く聞き取れなかった部分があるというのは正直に話したが、それでも引き離すという言葉は間違いなかった筈だ。

 案の定、マモルに好意を抱き始めたマミは、半信半疑といった様子で私を見つめる。

 今まで私を疑うことのなかった彼女は、もうすっかり変わってしまっていた。


「当たり前さ……! 確かに、二人でそんな相談をしてたんだ」


 私は出来る限り深刻さが伝わるよう、懸命にマミへ訴えた。

 それでもマミは、自分の耳で確かめなければ判断出来ないようで、自分が盗み聞きしたことにするからと、マモルに直接話を聞いてみたいと言ってきた。


「マモルの言うことはいつも信じてる。でも、これは大事な問題だし……自分でも確かめたいから、ね」

「……分かったよ」


 渋々承諾すると、マミはゆっくりと部屋を出ていった。

 すぐにマモルのところへ向かい、事の詳細を確認するつもりのようだった。

 私だけがぽつりと、暗闇のような世界に残される。


「マミ……それって本当に、信じてるのか……?」


 私は情けなくなって、ただそんな風に独り言ちるしかなかった。





 ……それから一時間が経ち、マミは帰ってきた。

 けれど、彼女の答えは、満足のいくものではなかった。


 ――大丈夫。あの人は私たちのことを、本当によく考えてくれているのよ。


 マミはそう口にし、静かに微笑んだだけだった……。

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