あれから事件が起き、僕は大切な人を喪って。
抜け殻のような日々を、ただ繰り返すだけになってしまった。
「……ツキノちゃんがいなくなってから、何をしたって楽しくならない。あのお呪いだって、結局意味はなかったし」
あまりにも耐えがたい空白。胸にぽっかりと穴が開いてしまったよう、というよくある例えは、本当のことなのだと。
この胸を潰してしまいたいほどの衝動に駆られながら、僕は涙を零した。
「……はぁ」
朝は大学の講義があったけれど、もう何日も足を運んでいない。
勉学に励む意欲など、とうに抜け落ちてしまっていた。
……部屋の掛け時計を見る。時刻は昼の二時半だ。昼食をとるのを忘れていたが、今更食べる気にもなれない。
ただ……今日はこの後予定があったので、部屋に閉じこもっているわけにはいかなかった。
「気は……進まないけどな」
僕は今日、ケイの両親から家に来てもらえないかと言われていた。
彼が起こした事件の詳細について、僕に伝えたいとのことだ。
真実を知るというのは、僕にとって必要なことだとは確かに思うのだけれど。
それを聞いて気持ちが楽になる筈はない。
それどころか、傷を抉られるような思いにしかならないだろう。
知ることは希望なのだろうか、絶望なのだろうか。
真実は、一体どこにあるのだろうか。
「……行こうか」
気分は最悪だけれど、僕は何とか立ち上がる。
そしてアパートを出て、灼けるような陽射しの中へ飛び込んだ。
平日ということもあり、ベッドタウン的な位置付けである伍横町には人通りも少ない。
大通りに入っても、すれ違う人はそれほど多くなかった。
車も何台かが不定期に走っていく程度だし、タイミングによっては信号の音だけが周囲を満たすこともある。
閑静な住宅街。そんな言葉がお似合いの町だった。
ただ……ちょうどこの道路だ。
たまに花が手向けられているのを目にすることもある道路。
ここで昔、一人の女性がトラックに跳ねられて命を落とした。
湯越留美という女性が。
彼女の死により、その父親である湯越郁斗という人物が、次第に人知を超えた研究に溺れていくようになる。
娘の死後、彼は屋敷で怪しげな実験を繰り返しているらしい――その噂は町中に広まっていった。
娘をこの世に呼び戻すこと。即ち降霊術の実験だ。
やがて彼は謎の死を遂げることになるが、その後心霊スポットとして、彼の住んでいた霧夏邸に忍び込む者がちらほら現れるようになった。
その霧夏邸で三年前に、また不可解な死の連鎖が起きる。
好奇心から忍び込んだらしい中学生七人の内、実に半数以上の四人が死亡したあの事件。
霧夏邸幻想と呼ばれるようになった殺人事件だ。
事件そのものは、忍び込んだ学生の中に犯人がいた、ということで幕引きとなっていたが、真相は少し違う……ということだけ、僕は知っている。
何故なら僕は、降霊術を追い求める中で一人の少女と邂逅し。
その一端だけを、耳にすることができたからだ。
あくまでも一部だけであって、全ての事情を聞かせてもらったわけではないけれど……。
「……ふう、暑いな」
あれこれ考えている間に、僕はケイの家の前まで辿り着いていた。
奇しくも霧夏邸に近い場所にある、彼の家に。
インターホンは機能していない。報道陣や迷惑な一般人たちが昼夜問わず鳴らすために、電源を切っているようだ。
今はもうメディアの姿もないけれど、一時期はこの家の周りに何十人という人だかりができていたものだった。
扉を二度ノックして、僕は返答を待つ。ただ、その音が家内に響いたかは怪しい。
なのでしばらく待ってから、僕は玄関扉を開けて中へお邪魔させてもらった。
「失礼します……」
家の中へ挨拶を投げかけると、廊下の奥の扉がガチャリと開き、そこから女性がやって来る。
ケイのお母さんだ。
大学では結構仲良く――こちらの感覚では、だが――していたのだが、ご両親の名前も聞いてはいない。
家に上がるのも、実のところこれが二度目だ。
「ミオくん!」
彼女は僕の姿を認めるなり、小走りで駆け寄って来る。
その表情が決して穏やかなものではなかったので、僕はそこに何らかの異常を感じ取った。
「ど、どうしたんですか? そんなに慌てて……」
「それが……それがね。今朝、連絡があったんだけど……」
彼女の顔は蒼褪め、今にも卒倒してしまいそうだ。
片手を胸に当てながら……彼女は掠れた声で、僕にこう告げた。
「ケイが――刑務所内で死んでたって」
「……え?」
それが、三人目の喪失だった。
…………
……
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