伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

三十七話 「謝らせてくれないか」

公開日時: 2020年12月18日(金) 00:12
文字数:2,001

 ズウウン……と駆動音が鳴り続ける。

 マスミたちを乗せたエレベータは、等速で目的地を――地下研究所を目指していた。

 元々は研究機材なども乗せて動いていたようで、六人が乗っても特にブザーが鳴ることはなかった。

 勿論、霊体であるヨウノとツキノは計算外だ。

 地階に到着し、エレベータが動きを止める。

 音とともに扉が開かれると、一同は外へ出た。


「ここが、研究所跡か……」


 長い年月が経過していても、内部にそれほど劣化は見られない。

 ネズミなどの小動物も見た感じはいなさそうだった。

 ここは重要な施設に違いないし、劣化や害獣に対して何らかの対策を講じていてもおかしくはない。

 何にせよ、そのおかげで苦労なく奥に向かえるのはありがたいことだ。


「お姉ちゃんたちが頑張ってくれたおかげで、ドールの記憶は戻ったんだろうけど」

「ええ……戻ったドールがどんな精神状態かは、分からない」


 ここにいるメンバーとしては、儀式を行う気を失っているというのがベストだが、その可能性は恐らく低い。

 考えられるのは、真実を知って錯乱状態に陥っているという可能性だ。

 もしもそうであった場合、ドールが何をしでかすかは予測出来ない。

 それはチャンスでもあるが、同時にピンチでもあった。


「気を引き締めて……でも、速攻で片を付けよう」


 ミツヤはそう言うと先陣を切り、動かなくなった自動ドアをこじ開け進んでいく。

 後のメンバーも、勇ましい彼に続いた。

 製薬会社だっただけのことはあり、研究所内には様々な薬品が並んでいる。棚には埃が積もっているが、中の瓶類は綺麗なままだ。

 マスミたちにはあまり詳しいことなど分からないものの、人体に有害な薬品の名前くらいは幾つか知っている。そういう名前もちらほら確認出来るため、迂闊に触るのは止めた方がよさそうだった。


「色々と区画があるみたいだけど……どの自動ドアも機能が停止してるね」

「一番目立つのは、奥の大きなドアでしょうか」


 アキノが指差すのは、真っ直ぐ進んだ先にあるドアだ。

 左右にそれぞれ研究区画が幾つもあるが、ドアだけで比べても一番大きい区画だと分かる。


「……きっとあの奥だわ。過去に儀式が行われたのも、あの場所だもの」


 ドールの過去を見てきたヨウノが言うのだから、可能性は高そうだ。

 一同は扉の前まで進み、気を引き締めて――ドアをこじ開けた。

 深い、闇が広がる。


「……ドール……!」


 部屋の奥に、揺れ動くローブ。

 間違いなく、それはドールの後姿だった。

 八人はぞろぞろと部屋の中に入っていき、そして対峙する。

 ドール……そして彼の先にある、継ぎ接ぎ人形と。


「そうだ……私も」


 後ろを向いたまま、ドールはマスミたちに語り掛けてきた。


「俺も……お前たちと何一つ変わらない。ただ……大切な人に、もう一度会いたかった。それだけ、だったのに……」

「……トオル……」


 きっと、彼が関節人形でなければ。

 その目からは、涙が溢れていたことだろう。

 或いは、噛みしめた唇から、血が流れていただろうか。

 そのどちらもだったかもしれない。


「そのためには、どんな犠牲も払うつもりだった。実際にもう、俺の心は悪魔に売り払ったようなものだった。ただ俺と、マミのことだけを思い続けてきた。……それが、こんな……」


 トオルとしての記憶を完全に取り戻した彼は、最早今までのように『私』と称することもなく。

 あの頃の仁行通として、絶望に喘いでいた。

 ある意味で悲劇は、自分の存在ゆえに起きたこと。

 自分が一人の人間であったなら、あんな術式は生み出されず、発動されることもまた無かった――。


「俺の存在は……!」


 マミを殺しただけ。

 耐え難い絶望に、『トオル』は叫んだ。

 そして、最早マスミたちに構うことなく、計画の破綻も気にすることなく、最後の手段に打って出た。


「おい、やめとけ!」

「トオル、駄目!」


 ミツヤとハルナが同時に訴える。

 けれども、当然ながらそれに耳を傾けるような精神状態ではもうなかった。

 両手を広げたドール。遅れてマスミたちは、地面に魔法円が描かれていることに気付く。

 ヨウノとツキノには分かった。これはあのときの再現であると。

 最も周到に用意された降霊術が、発動されようとしているのだ。

 しかし――。


「きゃっ!」


 術式が始まったと同時に、凄まじい風が巻き起こる。

 ミオやミツヤが何とか前進しようとするのだが、足はずるずると後退するばかりだった。


「……くっ、近づけない……!」


 儀式を発動させてはいけない。

 誰もがそれを直感していた。

 何故なら降霊術とは。

 相手を心から思うことが必要となるのだから……。


「……せめて、マミ。謝らせてくれないか……」


 千々に乱れた心。

 絶望の果ての暴走。

 そんな感情は、純粋とは呼べない。

 ドールもそのことは、理解している筈なのに。


「黄泉の亡者達よ、聞き給え」


 迸る感情は。

 理性では、抑えることなど出来ないのだ――。


「どうか……どうか、犬飼真美の御霊を……呼び戻し給え――」


 轟音と閃光が、世界を満たした。

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