伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

九話 覚悟

公開日時: 2020年10月27日(火) 08:02
文字数:1,744

「七つ目は……恐らくここ十年の間に広まった新しい噂。そしてこれもまた、本物の霊が関わっているもの。最後の不思議はずばり――『校内を徘徊する弟の霊』と呼ばれているわ」

「校内を、徘徊する……」


 彼女の口から、その名称を聞いた途端。

 オレの脳裏に、一つの場面が浮かんだ。

 暗い廊下を目的も忘れたようにただひたすら、歩き続けるだけの光景。

 何かを求めていたことだけが、その体を突き動かす原動力で……。

 怪物。

 オレが目覚め、廊下に出てから遭遇したあの怪物が、ふと想起された。

 そう、あれはまさしく校内を徘徊する霊じゃないか。

 弟というのが何を示しているのかまでは、分からないけれど……。


 ――い、ちゃん――。


「う……!?」

「……どうしたの、ユウサクくん?」


 オレが突然頭を押さえて呻いたので、ミオさんが心配げに訊ねてくれる。


「……いや。今、声が聞こえませんでした?」

「ううん、何も……」


 幻聴だろうか。耳朶にまとわりつくような気味の悪い声が、確かに聞こえたような気がするのだけど。

 そう……その声は多分、こんな風に囁いていた。

 お兄ちゃん、お兄ちゃん……と。


「考え込み過ぎたかな……」


 弟の霊、というので想像を逞しくし過ぎたのかもしれない。

 ミオさんが聞こえなかったというのなら、きっとただの幻聴なのだろう。

 そう思っておくことにする。


「……以上が、流刻園に今伝わる七不思議の全てよ」


 音楽室の少女は、ピアノの蓋にそっと指を置きながらオレたちを見つめる。


「そして、あなたたちがまず調べるべき場所は……用具室の奥でしょうね。その先には、降霊術に関する資料が幾つも置かれている」

「そうか、研究場所……! そこなら『清めの水』があってもおかしくはない」

「……ふふ、少し言い過ぎたかしら」


 異界の扉――つまり、ドールという男の研究場所へ向かう扉があるのが用具室か。清めの水というのが霊に対する武器となり得るのは、さっきミオさんから聞いているし実演もされた。

 武器が手に入るのなら、それはかなり心強い。


「とにかく、あなたたちがここから抜け出すとしたら、そこへ行ってみることが重要なのでしょうね。……そのことに責任は持てないけれど」

「いや、ありがとうございます。ひとまず行ってみようと思いますよ。まだ信用はできないけど……悪い人じゃないみたい、ですし」

「あら、酷い」

「あ、いえ……すいません。教えていただけたこと、感謝します」


 流石のミオさんも、この不思議な雰囲気を纏う女性相手には、強気に出られないようだ。

 悪霊ではないのだし、情報を提供してくれるのなら貴重な存在でもある。


「……じゃあ、そこに行ってみますか?」

「うん、そうしよう」


 オレが恐る恐る割って入ると、ミオさんは迷いなく頷いた。

 次の目的地は決定だ。


「それじゃ、オレたちはこれで」

「またお会いできればいいですね」


 ミオさんが一応、社交辞令的な言葉を送る。

 音楽室の少女は笑みを崩さぬまま頷いた。


「……ねえ、一つだけ聞いてもいいかしら。新垣くん」

「……はい?」


 自己紹介もしていないのに突然名指しされ、オレは驚きながらも答える。

 まあ、この学校の霊であるならそれも当然かと自分に言い聞かせつつ。


「七不思議のように、真実というものは時に拍子抜けするものであったり、その逆でとてつもなく恐ろしいものであったりもするわ。そんなことは当然だと、思うかもしれないけれど……あなたには、真実を知る覚悟はある?」


 謎めいた問いかけだ。この学校に通う生徒として、校内に根差す悪と向き合う覚悟はあるのかと、彼女はそう言いたいのか。

 確かに、ここではそれなりに長い時間を過ごしたし、愛着がないわけではない。けれど、それと悪事は別だ。良からぬ何かがここにあるのなら、それは暴かれなければならないとオレは思う。


「よく分かりませんが、ええ……あると思います」


 そもそも、ここからミイちゃんと抜け出せなければ、真実がどうこうと論じることもできないのだ。

 まずは全員、生きて脱出すること。それが一番大事なことに違いない。


「……そう。分かったわ、頑張りなさい」


 彼女はまた、さらりと長い髪を撫でつける。


「せめて救いのある結末が待っていることを、私はここで祈っているわ……」


 彼女の言葉は、その存在と同じように、やはりどこまでも謎めいているのだった。

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