伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

十一話 地下

公開日時: 2020年10月28日(水) 08:02
文字数:2,831

 階段を下り切った先は、まるで世界が違っていた。

 ここが本当に流刻園の地下なのかと、疑ってしまうほどに。

 階段の途中で、壁は石造りに変わり、灯りは蛍光灯からカンテラに変わっていった。

 中世時代の地下牢。例えるならば、そんな感じだろうか。


「……何て場所だ」

「地下だから、肌寒いね。こう寒いと気分も悪くなってくる」


 どこからか、ぴちゃり、ぴちゃりと水の音も聞こえてくる。他の音がしない分、その水音がやけに耳についた。

 降霊術の研究場所だというのに、こんな風に仰々しい装いにする必要はあるのだろうか? どちらかと言えば、もっとハイテクな設備で固められているべきなのではと思うのだが。

 何か、地下牢のようにしなければいけない理由でもあったのか。それとも、この外観はどこか別の場所を参考にしたものだったりするのだろうか……。

 廊下を進むと、木製の古びた扉があった。ギイイ、という音とともに扉が開かれると、その先には小部屋が。どうやらそこは、研究資料などを保管しておくスペースのようだった。

 壁際には錆びたダクト以外に、三つほど本棚が設置されている。そこに並ぶのは全て怪しげな書物ばかりで、日本語で書かれているものもあれば洋書も多かった。


「霧夏邸に、地下室があったという話は聞いたけれど……もしかしたら、そこを真似ているのかもしれないな」

「そう、なんですか」

「うん……まあ、霧夏邸のことはあまり話せないんだけどね。当事者でもないし」


 何度か出てくるその邸宅のことは、ミオさんも詳しく話すつもりがないようだ。自分のこと以上に、その話題は出さないようにしている風に見えた。

 しかし、霧夏邸というモチーフがあるのなら、ここがやけに古めかしい理由も納得がいった。

 本棚に並ぶ書物の背表紙で、オレが何とか読める日本語の表題は、降霊術だの異常心理学だのといったもの。出版社の名前も見当たらないし、これが正式に流通している本なのかも不明だ。

 こんな本が、世の中にはあるのだなあと感心してしまう。


「……ん?」


 本棚から少し目を離すと、木製の小さな机の上に、メモ書きが残されているのを発見した。随分昔に書かれたものようで、紙は黄色く変色している。

 インクも滲み、所々が判別出来なくなってしまっていたが、読み取れるところではこのような文言が記されていた。



『……■■照とい■男はやはり■■■仇の一人に■違いない■■が■■ぜあの■を■■出す度に■■が……』

『……なことはどうでも■■■むしろ■■出守が最も■讐におい■重要で■■■あの男を■さな■限りは……』


 ミオさんも、オレが読んでいるメモ書きが気になったようで、近づいてきて一緒に内容を確認した。

 彼は顎に手を当て、しばらくその内容を呻吟していたが、結局オレには何も言うことはなかった。

 オレにはさっぱりだが、ミオさんはこれを見て、何かを感じただろうか。

 もしそうなら、少しくらいは教えてほしいなと、思わなくもなかったが。


「まだ、奥への扉があるね」

「……ですね」


 入ってきた扉とは別に、もう一つの扉が部屋にはあった。

 しかし、そちらはどういうわけか、木製ではなく鉄製の扉になっていた。


「この奥が一番重要な場所と……そういうことかな」

「かも、しれませんね」


 この小部屋はあくまでも前室だ。

 研究施設はきっと、この扉の先にある。

 扉のノブを握るミオさんの手も、心なしか震えているように見えた。

 けれど、彼は恐れに屈することなく、鉄扉を開いていった。


「……これは」

「……と、とんでもないな……」


 扉の先に広がる大部屋。

 ざっと見た感じでも二十畳はありそうなその部屋には、今まで生きてきて一度も見たことがない、異様な光景があった。

 全長二メートル以上もある、不気味な機械装置。ワープロのキーボードのようなものが付いていて、各ボタンで操作が出来るようだがちんぷんかんぷんだ。

 その奥にもまた機械があったが、その上部には怪しげな液体がたっぷり入った試験管が幾つも刺さっている。機械の端からはダクトが伸びており、それはまた別の機械に繋がっていた。

 他にも異臭のするコンテナや割れたフラスコ、ボロボロになって読めなくなった本の山と、気味の悪い物が沢山散らばっていた。マッドサイエンティストの隠れ家、というのがピッタリな場所だ。

 まさか人間の死体までは無いだろうが……こういうところなら、出てきてもおかしくないという考えにさせられる。

 あまりの異常さに、胃がキリキリと痛んだ。


「……まさしく、実験室といった趣だね」


 ミオさんが、ごくりと生唾を飲む音が聞こえた。彼も、落ち着いた風には見えるけれど、やはり緊張しているのだ。

 それほどに、この場所はおぞましい雰囲気を放っていた。

 すっかり部屋の空気に呑まれ、吐き気すら感じ始めたとき。

 オレは逸らした視線の先に、不可解なものがあるのに気付いた。


「……あれは」

「うん?」


 ミオさんも、少し遅れてそのあるものに気付く。

 この研究室の左側には、四角く枠取りをするようにタイルが張られ、その枠の中には溝が作られていたのだ。まるで小さなプールのよう、と言えば分かりやすいだろうか。

 そう、溝の中にはプールのように、澄んだ水が蓄えられていた。


「……これは、ひょっとして『清めの水』か……?」

「これが……ですか」

「うん。一体この空間が誰の思いによって作られているのかはまだ分からないけれど。この水があれば、きっとこの空間を解放することができるよ……」


 勿論、それには使用者の頑張りが必要なわけだけれど。

 とりあえず、スタートラインには立てたというか、戦闘準備はこれで出来たということだな。


「よし、フタ付きの空き瓶が捨てられてるし、これに水を入れておこう。ほら……僕と君とで二人分。とりあえず、霊が現れてもこれで絶体絶命というわけじゃあなくなる。微かな光明は射したっていう感じかな」

「ええ、打つ手無しというわけじゃない……」


 怪物が襲ってきても、さっきのミオさんのように退けることが出来る。

 情けなく逃げなくとも、ミイちゃんを守ることが出来る。


「しかし、こうなると誰がこの場を作り出したのかが、重要になってくるね。そちらの方も、探っていかないといけないかもしれない……」

「まあ、現れる霊を清めていけば、いずれ……という気もしますけど」

「はは、確かに。真実は、案外勝手に紐解かれるものなのかもしれないか」


 真実、か。それはどのような構図なのだろう。

 ここで起きた、或いは起きていることのカタチそのものが、オレには全く分からない。

 どうしてオレとリクは仮面の男に呼ばれ、実験の被験者にされ、気絶させられたのか。

 どうしてミイちゃんのお母さんが死に、校内に化物どもが現れたのか……。

 頭の痛いことだらけだ。


「ううん、これ以上の収穫はないかもだけど、念のためにちょっとここを調べてみようかな?」

「……そうしましょうか」


 それから十分ほど、ミオさんと二人で研究室内を漁ってみたものの、彼が最初に言った通り、清めの水以上の収穫は無かったのだった。

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