「……と、言うと?」
「実はね。私は君たちの言う犬飼真美を知っているんだ」
「え……!?」
それは、流石のマスミでも目を丸くするほどの驚きだった。
何という偶然。まさか、霊脈に沿って飛ばされたこの三神院で、犬飼真美を知る人物と巡り会うことが出来たとは。
「犬飼真美を……知っているんですか」
「ああ。私の担当だったからね」
男性は生前、この三神院で医師として勤務していたらしい。犬飼真美の担当だったということは、以前見つけた彼女のカルテもこの人が作成したのに違いないだろう。
「私は彼女を診て、彼女がなるべく支障の無い生活ができるよう、改善する努力をしていた。結局……徒労に終わったのだがね」
「……犬飼真美は、どのような?」
彼女が家庭内暴力により、精神疾患となっていたことは掴んでいる。
だが、それ以上深い真実には、未だ辿り着けていなかった。
ここで未知の情報を得ることが出来れば。マスミはそう考えたのだが。
医師の男から告げられたのは、手掛かりというよりも――限りなく答えに近い、真実だった。
「……そうだね。彼女は、簡単に言えば」
――■■■■。
「……は……?」
最初、その言葉の意味が理解出来ず、マスミは呆けたようにそんな声を上げてしまった。
その単語がどういう意味なのかは勿論知っている。だが、それと犬飼真美とが結びつかなかったのだ。
しかし、一から情報を組み直し、その真実を含めて全体を俯瞰したとき。
マスミはそこに、明確な解答を見出すことに成功した。
そう――たとえどんな真実でも、それは筋の通る解答だった。
「あの――」
マスミは、自らが辿り着いた結論が正しいのか、確かめようと男性に呼び掛ける。
……しかし、彼が思考を巡らせていた僅かな間に、男性の姿は消え失せてしまっていた。
何処へ? 周囲を見回しても、いるのは意思無き悪霊ばかり。
この視界の届く場所には、男性はいなかった。
――ここから出たすぐのところには、今、悪霊どもが大勢いる。
「……ま……まさか、あの人」
先ほどの男性の忠告。そして、マスミを信じるという発言。
犬飼真美の情報を伝えてくれ……なお力を貸そうとしてくれているというならば。
体を張って道を開こうとしているのではないかと、マスミは直感した。
「……くっ!」
マスミは急いで駆けた。
間に合えと願いながら、三神院の外へ。
……けれど。
「ああ……」
そこに残されていたのは、男性が身に着けていた服の切れ端らしきもの。
そして、血のような痕跡。
道の向こうに、遠のいていく悪霊たちの姿もあった。
きっと、捕らえた獲物に満足して、去っていった悪霊たちだ。
「ごめんなさい……僕のために、こんな」
命を懸けて、道を開いてくれるなどと、マスミは思ってもみなかった。
その行動にはただただ感謝するしかなかったが……本当に命を散らせてしまったことに、痛切さも感じずにはいられなかった。
「あなたのおかげで、色々と分かりました。ありがとうございます」
霊魂の消滅。
それは、永遠なる虚無。
流刻園で起きた事件で、犯人の魂が消滅するという事態を経験したミオが、その詳細を教えてくれていた。
だから、マスミには分かる。
先ほどの医師が……ほんの僅かしか関わりを持たなかった彼が、自分のために存在全てを投げ出してくれたということを。
いや、自分のためと自惚れるのは違う。
きっと医師は、もう一人の人物のためにも、命を投げうったのだ。
かつて自分が担当した……犬飼真美のためにも。
ならば、思いを託された自分は。
この事件を、必ずハッピーエンドにしてみせなければならない。
マスミはぐっと拳を握り込み、その思いを強くした。
「……行こう、みんなに合流しなきゃ」
悪霊どもの跋扈する伍横町を、マスミは駆けていく。
手に入れた大切な真実を、仲間達に届けるために。
この長い物語を、ハッピーエンドで終わらせるために。
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