「今の、雷……かな、ミイちゃん」
学校の教室で、オレは隣に佇む少女に声をかけた。
遠雷の音に、少女がその肩をぴくりと震わせたからだ。
「こんなに綺麗な夕空なのにね」
「だな」
空には雲も殆どなく、赤い太陽も地平線の向こうへ沈み行こうとしているのが見えている。
恐らくは、反対側にでも雨雲が垂れ込めているのだろう。
「まあ、ちょっと怖いけどそろそろ帰ろうよ、ユウくん」
少女――古沢美代ちゃんの誘いに、しかしオレ――新垣勇作はやんわりと断りを入れるしかなかった。
「あー……ごめんミイちゃん。ちょっと今日は一緒に帰れないんだ」
「ん、どうして?」
「いやさ。実は今日、呼び出し状みたいなのが机の中に入ってて。屋上まで来てくださいって書かれてるんだ、面倒臭いことに」
「えーっ、ユウくんに……!?」
オレの言葉に、ミイちゃんは心底驚いてくれる。
そんな反応をしてくれることは、最初から分かっていたのだけど。
期待通りに驚いてくれたことを内心嬉しく思いつつ、オレは続けた。
「そ。だからその……変なことだったら、断らないとだよなあ」
「うんうん。待ってるのが女の子でも、浮かれちゃ駄目だよ!」
「はは、……承知してますとも」
オレとミイちゃん。
どこの学校にでもいるような、何となくの恋人。
ずっと一緒の幼馴染で、きっかけがなくともいつの間にかそういう関係になっていた。
そういう二人。
まだ、恋人らしいことは気恥ずかしくて出来ていないに等しいけれど。
これから大人になっていく過程で、そういうこともあるのかなと、意識はしていたりする。
青春ってやつなのだろうか。
まあ、それはともかく。
「あっ。ちょっと雷で怖くなって思い出したんだけど」
ミイちゃんが、そう言いながら腕を掴んでくる。
「うん?」
「屋上には『仮面の男』が現れるらしいから、気をつけてねって」
「……ああ、ウチの七不思議だっけ?」
この学校――流刻園には七不思議がある。
どこにでもありそうな話だが、こういう噂はよく女子の話のネタにされているものだ。
ミイちゃんも七不思議については興味を持っていて、よく友だちと話し合っているのを見ていた。
「そうそう。ユウくんは信じてないみたいだけど、私は意外と信じてるんだよ」
「よく話してくれたもんな。……面倒臭かったけど」
「もう、そればっかり」
面倒臭い、がオレの口癖なのだが、やはりネガティブな言葉なので、言われた側の印象は良くない。
治そうとはしているけれど、これが中々矯正されないんだよなあ。
「……まあ、だから一応気をつけてね」
「勿論、大丈夫だよ」
じゃあね、と手を振って別れ、オレは教室を出ていく。
ちょっとだけ寂しそうなミイちゃんの顔を、ちらりと横目に見ながら。
「……七不思議、ねー」
暗い廊下を進みながら、オレは独り言ちる。
方角的に夕陽は廊下まで射し込んでこず、電灯も点いていないのでかなり暗い。
幻想的ではあるが、ミイちゃんが一人で歩くとしたら怖がるだろうな、と思う。
「学校じゃあよくある怪談話だけど、無理やり七つにしようとしてる話もあれば、そもそも七つ無い話もあるし。ウチはどうだったっけな……ミイちゃんが話してくれたのに、もううろ覚えだ」
ユウくんも覚えてよ、なんて言いながら、何度も教え込まれた記憶はある。
でも、結局全部は覚えきれなかった。
覚える気がないんだよな。
「……ま、とりあえずさっさと行って、さっさと帰るとしようか」
溜め息を吐いて、俺は屋上への階段に足をかけた。
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