伍横町幻想 —Until the day we meet again—【ゴーストサーガ】

ホラー×ミステリ。オカルトに隠された真実を暴け。
至堂文斗
至堂文斗

四話 救済の太陽(遠野真澄)

公開日時: 2020年10月9日(金) 08:02
文字数:2,120

 夕焼けが、最後の抵抗とばかりに紅い光を町へ落としている。

 雑踏もどこか遠くへ消え去り、ともすれば全てが死に絶えたような静寂が満ちていた。

 半分だけカーテンの開かれた窓から、射し込む紅をぼんやりと眺めながら、少年は短く息を吐いた。


「……もう夕方か。今日は帰ろうかな」


 彼は組んでいた足を戻しておもむろに立ち上がると、同室していたもう一人に視線を投げかける。


「また明日、ね」


 ……しかし、その返事も、或いは見つめ返す視線すらも、相手から得られる事はないのだ。

 この小さな病室のベッドで、少女はもう長い時間を眠り続けていた。


「いつになったら、彼女は目を覚ましてくれるんだろうな」


 もう何度目かの自問。それを口にする度に心は揺らぐ。だから考えるべきではないと分かりつつも、極めて自然にその問いは浮かんできてしまうのだ。

 いつになったら、僕は彼女と再会できるのか。


「……駄目だ、彼女にはもう僕しかいない。僕しか、彼女を見舞う人はいなくなってしまったんだから……」


 あまりにも残酷な悲劇の連鎖。

 その鎖は彼女だけでなく、彼女に関わる多くの者たちを貫いていったのだ。


「明日こそ……そう思い続けていれば、きっといつか目を覚ましてくれる。そう、信じていよう」


 無理やりに自分へ言い聞かせると、僕――遠野真澄とおのますみは、ふらりと病室を後にするのだった。

 入院患者たちの個室が並ぶこの廊下は、どうしても見た目以上に薄暗く思えた。それは、今の自分の気持ちが重なり合っているからであろうことは、なんとなく理解しているのだが。

 陰鬱な気持ちはいつの日も晴れることなく、むしろ次第にその重さを増していくようだった。

 長い廊下。そこにようやく下り階段が現れたとき。

 僕は突如として前方に生じた眩い光に呑まれ、思わず目を瞑ってしまった。

 夕陽の反射加減か、とも思ったのだが、光は暗がりからふいに発生した。ならば、誰かがライトでも投げ入れたかとすら妄想したのだけど。

 ……事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。

 光が収まったとき、僕の目の前には半透明の人影が、確かに存在していた。


「え――?」


 普通の思考では到底理解の及ばぬ光景に、僕は口をポカンと開けたまま黙り込んでしまう。

 それをおかしいと感じたのか、目の前の彼女はくすりと笑った。


「き、君は……」

「ふふ、良かった。私のことが見えるみたいで」


 何かの冗談ではないのか、と未だに思考は空転を続ける。

 しかし、何度瞬きをしても、やはり半透明の彼女が消え去ることはなかった。


「まさか、こんな奇跡みたいなことが起きるとは思わなかったわ……久しぶりね、マスミくん」

「こ、これは一体、どういう……」


 あり得ない再会。

 あり得ない対話が、確かに成立していて。

 これは悪い……いや、良い夢なのかと疑ってしまいそうだ。

 頬を抓りたくなるような気持ちにすらなったが、流石にそれは止めておいた。


「信じられないだろうけど、マスミくん。私は今、魂だけの存在になってしまっているの。ある人物が行った降霊術の効果で、この三神院みかみいんに……というか、伍横町に現れることができたのよ」

「こ、降霊……」

「こんなことになるなんて、私も想像していなかったわ」


 あのときと変わらぬ屈託ない笑みで、彼女は話す。


「……本当に、君なのか?」

「もちろん。……ただ、少し事情があって。私はとある役目を担うために、こうして現れたの」

「役目?」


 ええ、と彼女は頷く。


「……私は、救済のために来たの。ずっと待ち続けなければいけない苦痛から、あなたたちを救いに」


 救済。そんなもの、もう訪れることなどないのではと、内心では諦めかけていた。

 でも、現実にこんな、起こり得ぬ奇跡が起きているのだから……その言葉にも不思議な現実味が感じられるのだった。


「はは、そんな希望、本音を言えばもう消えかけていたんだけど……最後の最後で、ようやく願いが届いたってことかな。どうすればいい? 僕はどうすれば、あの子の眠りを覚ますことができるんだい?」

「すぐに信じてくれて、嬉しいわ。流石はマスミくんね」


 僕に愛しき女性は、小悪魔的なウインクをこちらに投げかけた。昔のように、僕の心はドキリと高鳴る。


「……あの体に魂が戻らないのは、まだ魂が完全に回復していないからなの。だから、ボロボロになった魂を、治してあげないといけない。あの子の精神世界でも、こっちへ戻るために頑張っているみたいだけれど、その手助けをしてあげたいのよ」

「……抽象的すぎて、その説明は掴み辛いな。まあ、君がこうして現れたように、その治す作業とやらを実際に見れば理解できるんだろうけど」

「すぐに信じてもらえるかは分からないけれど、これからマスミくんにも手伝ってもらいたいの。お願い、マスミくん。……あの子のためにも、協力してほしい」

「そりゃあもちろん。他でもない君の頼みなんだから」


 愛する人のために。残された人を救う。

 それはとても当たり前のことだと思えた。


「ふふ……ありがと。もうすぐ日が暮れる時間なのに申し訳ないけど、早速行ってもらえるかしら?」

「何処へかな?」


 何となくの予想を抱きつつ、僕は彼女に訊ねる。

 彼女が返す口の動きは、その予想と違わぬものだった。


「最も思い出の詰まった場所――光井家に、よ」

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