伍横町を覆う霊空間が、少しずつ消滅していく。
それに伴って、町にようやく夜明けの光が射し始めた。
明るさを増していく空。
それは新たな一日の始まりであるとともに、足を止めねばならなかった者たちとの、別れの時でもあった。
「……それじゃあ、私たちもこれでまた、お別れね」
「短い間だったけど、また一緒にいられて、嬉しかったよ」
ヨウノとツキノ。
黒木圭により命を奪われた二人は、夜明けとともにその姿を薄めていく。
他の霊たちもそれは同様だ。
「ああ、ありがとう。僕らも皆、同じ気持ちさ。……それに、一緒に朝を迎えられて良かった」
マスミが言い、後ろのメンバーも頷いて同意を示す。
「ヒヤヒヤものだったみたいだからな。こっちはマヤを落ち着かせてたら終わってたけど」
「ちょっと、余計なことは言わないでもらえるかな」
ソウシの方は、怯えるマヤの世話をずっとしてくれていたようだ。
そんな彼も勿論、姿が揺らぎ始めている。
「へえ、見てみたかったけどなー……」
「私も私も」
「ちょっと……」
霧夏邸のメンバーは、最後まで賑やかだ。
中学生……いや、もっと昔からの付き合いなのだし、ふざけたやりとりもよくあることなのだろう。……だったのだろう。
「……頑張ったよね、皆で。今日のこともまた、忘れられない日になるよね」
アキノはそう言いつつも、姉たちともう一度離れなくてはならない現実に、
「……寂しい、けどね。また、お別れなんて」
瞳を潤ませて呟く。
「アキノ……」
また残されることになる、たった一人の妹へ、ヨウノとツキノは声を掛けようとした。
けれど、アキノはもう、泣き虫の妹ではない。
「大丈夫だよ。……もう、子どものままじゃない。あの日のままじゃ、ないもん。……心配は、かけないから」
「……ふふ、偉いよ、アキノ」
「……うん」
アキノの成長に満足して。
ツキノは、もう一つの心配事に目を向ける。
「……ミオくん。ミオくんも、大丈夫?」
「え……う、うん。心配しないでよ、ツキノちゃん」
急に呼ばれたので、戸惑いながらもミオは答える。
「大丈夫。……僕だって、もうあんなに弱気になったりなんか、しないよ」
「……ん、良かった」
ツキノを失ったことで、ミオは降霊術に手を染めた。
万が一また、同じような絶望を抱いてしまったらとツキノは危惧していたが……やはり、そんな心配は無用のようだ。
何故なら、隣には手綱を締める人がいてくれるから。
「じゃあ……ミイナちゃん、よろしくね」
「えっ? あ……ええと……はい!」
「ん。……いい返事」
自分の意思と関係なく話が進んでいくのに、ミオは困惑のあまり口をパクパクさせる。
それとは対照的に、公認を受けたミイナはとても誇らしげだった。
「……ははは。苦労するね」
面白い顔をしているミオに、マスミは同情するよとばかりに声を掛ける。
「そういうものでもあるのかな、生者と死者の関係って」
「……笑い事でもないと思いますよ、マスミさん」
「そうそう。また会ったときが大変なんですよ、多分……」
ミツヤとハルナが冷静にそうツッコミを入れるので、マスミとアキノの二人は申し訳なさそうにヨウノに目配せするのだった。
「……ま、しょうがないわね」
生者と死者。
以前マスミが口にしたように、そこには不連続線が引かれている。
思いは残り続けようとも、どう過ごしてほしいのかは、人それぞれだ。
幸せになってほしいと思う気持ちもまた。
「……これから先、伍横町で降霊術が使われることはないだろう。だから本当に、ここで会うのはこれが最後だね」
生きている内には、きっともう。
この道が交差することはない。
「ま、確かに寂しいけどさ。それが普通だし、俺たちはまた会えるってことを知ってるだけ、幸せ者なんじゃないかな?」
「……ミツヤさんの言う通りかもしれませんね」
また会えることを知っている。
確かにそれは幸せなことだろう。
死の、その先があることが分かっていれば。
きっと笑顔で会いに来てくれるだろうと、ツキノは安堵した。
「はは、たまにはいいこと言うじゃねえの」
「こら、最後まで茶化すなソウシ」
こんな風に、別れも明るくしていられる。
本当に素敵なことだと、誰もが思った。
「ふふ。それを知ってるから、私たちの別れの言葉は決まってるんですよね。ミオさん」
「……うん、そうだね」
この長い冒険の中で、皆が口にしてきた、別れの言葉。
一時の別離の、その先を見据えて、告げる言葉だ。
「皆、元気で。向こうの人たちにも、よろしく伝えておいてよ。それじゃあ……お別れだ」
「ええ、ほんの少しだけの、さようならね」
「いつかまた、再会しよう。そしてまた、笑いあおう」
「……さようなら、皆」
たとえ、悲しい別れでも。
また、必ず巡り会えるから。
だから思いを託して、この言葉を送る。
「……また会う日まで」
――そして伍横町に、平和な朝が訪れた。
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