あの幻想に満ちた事件から三年ほどが経ち。
俺とハルナは十八歳になっていた。
年も明け、季節は冬から春へと移り変わっていくところで。
制服姿の俺たちは二人、学校からの帰り道にここへ立ち寄ったのだった。
「……懐かしいね」
「そうだなー……」
霧夏邸。
沢山の思い出が詰まった場所。
そのほとんどは悲しいものだったけれど。
今でも心の支えになっているような思い出もある。
……そんな霧夏邸は今、防音シートですっかり覆われてしまっていた。
長年空き家であり、老朽化していたこともあったのだろう。取り壊しが決まったようだ。
「とうとうここも、取り壊されることになっちゃったね。事件があったせいもあるけど、ここにはもう誰も住まないみたいだし、昔の私たちみたいに興味本位で探検したり、物を盗んだりする人もいるみたいだしなあ」
「まあ、取り壊す方がいいんじゃないかな。ここには色んな思いが込められすぎてるから。……解放してあげるべきだ」
「そうだねえ……」
あの日、屋敷を支配していたナツノを解き放ったとは言え。
戦時中に実験の犠牲になった子どもたち全員が解放されたとは言い切れない。
取り壊すことにプラスの意味があるのかは分からないが。
少なくとも、この場所に縛られることはなくなるんじゃないかと俺は思う。
「ここが無くなっても。私たちは、皆の思いを忘れずにいてあげなくちゃいけないね。あの日のことを忘れずに、生きていかなくちゃ」
「……だな」
タカキに、サツキ。ユリカちゃんに、ソウシ。
そして……ナツノ。
俺たちは決して忘れずに生きていく。
その先に、いつかまた巡り会える日がくるから。
「……ね、ミツヤくん」
「ん?」
「秘密にしておいたんだけど、私はミツヤくんと同じ大学に行くことになったから、これからもよろしくね?」
……って、おいおい。
それは流石に予想外過ぎる発表だぞ。
「お前、そんなこと全然言ってなかっただろ? 相変わらずの行動力だな……」
「えへへ」
「……まあ、仕方ねえ。お前の面倒、頼まれちまったわけだし」
「あー、なによその言い方! どこかでナツノちゃんが泣いてるわよ!」
「わ、悪かった悪かった」
いくつになってもじゃじゃ馬というか。優しいところはもちろん好きなのだが、いつもこいつのペースに乗せられてしまってるんだよな。
「……じゃあ、帰るか。これで見納め、だ」
「ん。そだね」
町外れの邸宅だ。わざわざ来なければ目には入らないし、次に機会があったとしても、そのときにはもう更地になっていることだろう。
さようなら……霧夏邸。
「本当に……どこかでナツノちゃん、見てくれてるかな。あっちのことなんて私たちにはまるで分からないけどさ。笑顔で私たちを見守ってくれてたら、いいよね」
「……ああ。あいつなら、きっと見守ってくれてるさ」
そうだよな、ナツノ。
――ええ、見守ってますとも。
「……あ……」
「どしたの?」
「……いや、何でもない」
気のせいかもしれないけれど。
俺には彼女の返事が、風に乗って聞こえてきたような気がしたんだ。
――幸せにね。はるちゃん、まやくん。
それが幻想ではないことを、俺は信じた。
――了
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